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Author:masa
1972年生まれの某中小企業勤務の独身男性サラリーマン。貧乏人からお金持ちを目指して奮闘中。貯金は手堅く、投資はリスクを小さく、というのがモットー。
なお、当ブログの更新は原則として不定期です(月に数回程度の更新になると思います)。

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貯金生活。投資生活。
「節約なくして貯金なし」「貯金なくして投資なし」を座右の銘とする管理人がお金と社会について語るブログ
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電子書籍の本格導入から2年経過しての感想
私が電子書籍を本格的に導入してからすでに2年以上が経過しました。電子書籍の読書歴そのものは、2010年の年末頃からSony Readerを用いて、青空文庫やネット上に公開されているアマチュア作家さんの無料小説を読んできたので、かれこれ5年以上になるのですが、2014年2月に楽天KoboとAmazonのKindlePaperwhiteを購入し、有料の電子書籍を買って読むようになってからは約2年ちょっとというところです。
電子書籍ストアで本を買うようになってからの感想はいくつかありますが、その中でも私が感じた電子書籍の最大のメリットは、省スペース化ということでした。私のような大の本好きの場合、読みたいからといって紙の本を買い漁っていると、家の中に大量の本が山積みになってしまい保管スペース不足という問題が出てきます。電子書籍の場合、当然のことながらそういう心配が一切ありません。私もかつて紙の本を買っていた頃は、本を保管するスペースが足りないということで泣く泣くお気に入りの本を処分せざるを得なかったことが幾度となくありましたが、そういうことがなくなるのは非常に有り難いことではありました。

電子書籍に批判的な人のコメントを見ていると、紙の方が読みやすいという人がおられるようですが、これは単に慣れの問題ではないかと思っています。他にも、「紙の方が暖かみがある」という意見もありますが、これはもやは意味不明でよくわかりません。ただ、読みやすさという点では通常の小説では問題ありませんが、写真や画像の多い雑誌は非常に読みにくいとの印象があります。これは、電子ペーパーではない、液晶ディスプレイのタブレット端末で読んだ時でもそうでした。雑誌系の本は、電子ペーパーでは話にならないし、かといってタブレットでもいささか読みにくいと思います。
また、コミックの場合ですが、これも電子ペーパー端末ではいささか解像度不足で小さな台詞の文字が読みにくいことがあるので、その場合、タブレット端末のような大きな画面の方が向いているのではないかと思います。

それはさておき、最初に書いたように、電子書籍の最大のメリットというべき省スペース化というのは、当初はさほど意識していなかったのですが、多くの本を買えば買うほど、そのメリットが大きくなってくるのを感じました。私が買った電子書籍の冊数はすでに200冊以上に達しており、もしこれが紙媒体であったなら、置く場所に困っていたはずです。本の保管スペースを一種のコストと考えるならば、大きなコストダウンに成功したといえそうです。逆にいうと、本の保管スペースに大きなコストをかけられる人(大きな家に住んでいて、大きな本棚と本を置く大量のスペースを確保できる人)であれば、紙媒体の方が向いているのかもしれません。私も、読書好きの一人としては、大きな書斎や図書スペースを持つというのは一種のあこがれではありますが、現実的にはとても不可能なことです。

電子書籍の他のメリットとしては、大量の本を端末1台で軽々持ち運べるというのがあります。私の場合、読みたい本のジャンルがその時々の気分によってけっこう気まぐれに変わるので、これも非常に有り難いことではあります。これが紙の本ならせいぜい数冊程度が限界ですが、電子書籍なら何十冊も一度に持ち運べます。

あともう一つメリットを挙げるとすれば、買いたいときにいつでも買えるというも何気に便利です。いかに近頃の通販の配送がスピーディとはいえ、紙の本を郵送してもらうにはそれなりの時間がかかりますが、電子書籍ならばそれを待つ必要がありません。ネット接続環境が整っていることが前提となりますが、やろうと思えば外出中でも本を買って、その場でダウンロードして読むことも可能です。しかしその反面、どうしても衝動買いしやすいという一面も否定できませんけれども。

一方、電子書籍のデメリットというか不安要素としては、やはりサービス停止リスクが挙げられます。本そのものではなく、「本を読む権利を買っている」に過ぎない電子書籍の場合、販売業者が電子書籍サービスを停止した場合、これまでに買ったすべての本が読めなくなるわけで、これがほぼ唯一にして最大のデメリットであろうと思っています。ただ、このリスクについてはやむを得ないものとして許容せざるを得ないと考えています。

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マイナス金利関係で気になったニュース「たんす預金用?金庫人気…マイナス金利導入で」
最近、マイナス金利関連のニュースが目立ちますが、その中でちょっと気になったものを取り上げてみます。

たんす預金用?金庫人気…マイナス金利導入で(読売オンライン)

-------------引用開始-------------------------------
今年に入って金庫の売れ行きが伸びている。
 マイナンバー制度の運用開始に加え、日本銀行がマイナス金利政策を導入したことが背景にある。個人情報や預貯金を守りたいという防衛本能が働いているようだ。

 「マイナス金利対策はお済みですか?」

 ホームセンターの「島忠ホームズ葛西店」(東京都江戸川区)では、2月初めから金庫売り場にポップを掲げている。マイナス金利の導入で預金金利が下がり、家で現金を保管する「たんす預金」が増えると見込んでいるからだ。中小・零細企業の経営者や高齢者がよく買っていくという。
 人気の税込み7万9800円の大型金庫は品切れで、入荷は3月下旬頃になる見込みだ。島忠の最近1か月間の金庫の売上高は前年同期比約1・4倍で、この1週間では約1・6倍に増えた。
-------------引用終了-------------------------------

正直言って、よくわからない話だ、との印象を受けました。何がわからないのかと言えば、例えば以下のようなことが頭の中をよぎりました。

・預金金利は確かに下がったものの、マイナスにはなっていない。よって、預金者は何も損をしていないんじゃないの?
・お金を銀行に預けておけば、ごくわずかとはいえ、多少なりとも金利はつくが、タンス預金では全く殖えない。
・金庫を売る側が、「マイナス金利対策はお済みですか?」というのは、詐欺的な売り方なんじゃないの?
・金庫の代金だけで、預金金利分以上のコストがかかるのでは?
・自宅で保管するタンス預金をするのはいいが、泥棒に入られたらどうするの?

タンス預金にはいろいろと問題が多いと思うのですが、タンス預金にするメリットがさっぱりわからない・・・。

それから、マイナス金利関係の話で、もう一つ思ったのは、これはあくまでも推測ですが、銀行などの金融機関はマイナス金利で利ザヤが減ってしまうので、投資信託や保険といった、より手数料が稼ぎやすい商品の販売に力を注ぐようになるのではないか?ということ。
あるいは、これまで預金しかしていなかった一般個人も、「預金金利が低い」という理由だけで、株式や投資信託などのリスク資産への運用を考える人も出てくるかもしれません。
・・・が、しかし、リスク資産への投資を行うにはそれなりの知識が求められ、それなりのリスクを伴うので、預金の金利が低いというただそれだけの理由で十分な知識なしに安易に投資商品を購入するのはやめておいた方がいいと思います。大事なのはリターンではなくリスクなのですから。

なお、個人的な資産運用の方針としては、マイナス金利導入後も、これまでと全く変更する必要はないと思っています。一般の預金者としては、金利が下がったといっても、もともと低かった金利がさらに下がったというだけです。預金はあくまでも、「お金を殖やすためのものではなく、お金を預けておくためのもの」という認識なので、特に問題はありません(預金という漢字はお金を預けると書きますが、まさにその言葉通りということです)。
また、投資に関しても、従来通り、毎月の積み立て投資を継続することに変わりはありません。




貯蓄と投資についての個人的方針のまとめ(2015年11月時点)
今回は、貯蓄と投資についての個人的方針についてあらためて書いてみたいと思います。

・貯金なくして投資なし。

私はあくまでも資産形成の主役は、まず働いてお金を稼ぎ、そのお金の一部を貯めることだと思っています。投資は資産形成の主役だとは思っていません。これは投資を軽んじているというのではなく、投資を行うためにはまず家計が黒字で貯蓄ができる余力があることが前提なので、貯蓄は投資よりもより重要度が高いという認識です。重要度を不等号で表すと「稼ぐ>貯める>投資する」ということになります。当たり前といえば当たり前ですが。


・貯金は手堅く、投資はリスクを小さく

貯蓄については、ゆっくりとしかし確実にお金が増加するように毎月お金を貯めていきます。その中から投資資金を回す形になりますが、投資はリスクを小さくするために幅広く分散投資を心がけます。そのために選んだ金融商品がインデックスファンドです。手間がかからないのが素晴らしい。


・個別株投資は原則として行わない

投資本来の意味合いからすれば、個別株投資が投資の王道なのだろうとは思っています。しかしながら、個別株は銘柄選定に手間暇がかかることに加え、リスクも大きいので、原則として行わない方針としています。個別銘柄で分散投資をすることも可能とはいえ、それとて非常に面倒です。仕事が非常に忙しいので、投資判断や売買のための時間がとれません。


・支出の管理はシビアに、投資資金の変動についてはおおらかに。

消費目的でお金を使うときは、できるだけ無駄なお金をつかわずにすむように心がけています。しかし、一方において、投資資金の方は、非常におおらかに、細かいことは気にしないようにしています。リスク資産に投資している以上、その評価額は毎日変動しますから細かい価格変動など気にしても仕方がないと思っています。実際のところ、過去の累計での投資資金総額がけっこう大きな金額になっているため、時としてごく短期間の間に何十万・何百万円というレベルの非常に大きな変動に見舞われることもありますが、そんなことをいちいち気にしていたら身が持ちません。


・アセットアロケーション(資産配分)はおおざっぱに

現在、投資資金のアセットアロケーションについては、極めておおざっぱにしか決めていません。純金積み立ては投資資金の5%以下。日本株式は投資資金の15%前後。それ以外の投資資金はすべて外国株式、というのが現状の大まかな方針です。外貨建ての資産比率が高いのは、預貯金を含めた円建てでの資産比率が非常に高いということによります(他にも、極めて個人的な理由により、日本株式という資産クラスがあまり好きではないということもありますが)。本来なら、アセットアロケーションはもっときちんと管理すべきなのでしょうけど、私は投資を行ってはいるものの、投資そのものは趣味で行っているわけではないこともあり、細かい管理はムリだと判断しました。お金を殖やすことは重要なので、やむを得ず投資を行っているだけで、投資それ自体にはなんの興味ももっていないからです。

以上、いくつか書いてきましたが、こうしてあらためて書いてみると、貯蓄に関する部分はともかく、投資の部分については、かなりいい加減であることに今更ながら気付きました。とはいえ、投資の部分についてはある種のおおらかさも必要ではないかと思っています。
それから、すでに預貯金の総額が生活防衛資金としては十分な金額に到達していることから、現在は、家計の黒字分は投資の方にやや重点的に振り向けています。また、各種インデックスファンドについてですが、よりコストの安いファンドへの乗り換えも検討します。


老後破産という問題
老後破産ということについて、現代ビジネスと読売オンラインのサイトに記事が出ていましたので紹介しておきます。

「老後破産」200万人の衝撃第1部 「普通のサラリーマン」だった私は、定年からたった10年で破産した(現代ビジネス)

「老後破産」200万人の衝撃第2部 カネはない、でもプライドはある「破産する人」「しない人」ここが分かれ目だった(現代ビジネス)

「貯金2700万円」でも危ない…「老後破産」の現実(読売オンライン)

現代ビジネスの記事では、いくつかの事例が挙げられています。一番印象に残ったのは、健康問題をきっかけに老後破産に陥るケース。認知症の発症により、判断力が低下し、そのことに起因する無駄遣いや保険の使えない鍼治療などで、あっという間に退職金は底をついてしまったという事例です。認知症で判断力が著しく低下するということは誰にでも起こりえますし、何か大きな病気にかかってしまい、その病気の治療のために、当初の想定を超える金額のお金が必要になるというケースも、誰にでも考えられます。
この記事についてのはてなブックマークのコメントを見ると、レアケースばかりが取り上げられている、という指摘があります。それは確かにその通りだと思うのですが、だからといって、自分がそうしたレアケースに遭遇しないという保証もありません。当初は予想していなかった不測の事態に直面する可能性は否定できません。

こうした問題に対応するのは非常に難しいと想いました。なんだかうんざりする話ですが、これもまた、現実ということなのでしょう。



閉店商法 閉店しないのに閉店セールをやっている店
商店街を歩いていると、閉店セールと称してセールをしているのに、いっこうに閉店する気配のないお店を見かけることがあります。閉店セールというから、もうすぐお店が閉店してなくなってしまうのかと思いきや、何ヶ月たっても全く閉店する気配がありません。これについてネットで調べていると、こんなサイトが見つかりました。

閉店しない!? 閉店セールのナゾ(NHK生活情報ブログ)
-------------引用開始-------------------------------
【閉店しない閉店セールの店へ突撃取材!】
2015年1月、東京都内のある店で店員が大声でアピールしていたのは、「閉店セール」。
「いよいよ今日いっぱいでーす!3万円が、4万円が、あるだけ全部 3千円でございます!あした来てもやっておりませーん!さよならお別れバイバーイ!」と叫んでいました。
ところが、10日後の2月。
あれ?閉店していません。
ネットでも、こうした閉店しない閉店セールについて、 「12年以上前から閉店セールをやっている」とか、「今日も今日限りの閉店セール中」といった書き込みが多数見つかります。

(中略)

【消費者心理を突く閉店セール】
学生たちは、消費者は「閉店セール」と聞くとどう感じるのかアンケートしたところ、100人のうち64%が「普段より買いたくなる」と答えました。
調査に参加した女子学生も、閉店の言葉につられて衝動買いしてしまった経験がありました。
あるカバン店で買ったのは、定価1万円以上するというバッグです。
閉店セールのため3千円まで値引きされ、「閉店するからそれだけ大幅に値下げしても大丈夫なのかな」と思ったといいます。
しかし、1年後現場を訪れると、まだ閉店セールは行われ、バッグは3000円で売られていたということで、「騙されたという気持ちになり、悔しかった。高価なものが安くなっているというので買ったのであり、もともと3000円なら買っていなかった」と話していました。

【違法な二重価格表示】
実はこうした売り方には問題があります。
定価より安い価格で一定期間以上売り続けると、その定価には実態がなく「見せ掛けの割引」とみなされ、景品表示法に違反するおそれがあるからです。

(中略)

【買い物で失敗しないためには】
チラシなどの広告に買い物で失敗しないためのヒントがあります。
例えば、文書で回答を寄せた会社のチラシをよく見ると、閉店セールの文字の上に「店舗リニューアルのため」と明記されています。
これで改装のための閉店セールだとわかります。
改装の場合、廃業してしまう完全閉店セールほどは安くならないことも考えられます。
さらに、閉店セールの文字の下には、セール期間が示されています。
このように、セール期間を確かめれば、期間の後半になればもっと安くなるかもしれないという判断をすることができます。
-------------引用終了-------------------------------

閉店しないのに、閉店セールと称してお店を開けているのは、予想通りというべきか、閉店という言葉につられて商品を購入する客を狙ってのことのようです。
こういうお店は、しょっちゅうお店の前を通っていると、自ずと気付くものなのですが、たまたまお店の前を通りがかっただけの一見客の場合、どうしても引っかかってしまうのでしょう。

お店側にとっては、

「毎日、夜には閉店しているんだから間違ってはいない(キリッ」

・・・という妙な理屈(?)があるのかもしれませんけれども。


そういえば、大手家電量販店なんかでも、「週末限定特価!先着5台限り!」というようなセールの方法をみかけることがあるのですが、翌週の週末にお店に行くと、また先週と同じ価格で同じことをやっていたりします。これは限定商法(あるいは品薄商法と言うべきか)というやつでしょう。下記に参考リンクを貼っておきます。

「限定商法」の謎 (たちばな心理学コラム)


いずれにしても、こうした妙な商法に引っかからないように気をつけたいものです。しかし、人はどうにも”限定”というやつに弱いんですよね・・・。DVDとかでも「初回限定版」とかいうのをよく見かけます。まあ、これは確かに通常版よりも豪華仕様にはなっているのは間違いなんでしょうけど、本当にそれが必要なのかどうか、よく見極めたいものです。




一般の個人投資家の場合、投資収益が不労所得というのはちょっと違うんじゃないか?
株式投資から得られる収益は不労所得だと言われることがあります。また、働くことでお金を稼ぐことこそが尊いという考え方もあって、そういう考えを持っている人の場合、株式投資からの不労所得を毛嫌いして批判的にみる傾向にあるのではないかと思います。しかしながら、投資をおこなっているうちに、不労所得ということについて若干の異論を持つようになりました。

それは、こと一般の個人投資家に関する限り、株式投資から得る利益が不労所得だというのはちょっと違うのではないだろうか?という疑問です。

株式投資を行い首尾良く利益が出た場合、確かにそのお金に対して、いわゆる「労働」は一切行っていません。しかしながら、私のような一般サラリーマンの行っている株式投資の場合、労働で稼いだお金の一部を株式投資に回しています。まずは額に汗して働き、それによって得たお金を投資に回しているわけです。つまり、株式投資でお金を殖やすといっても、労働で得たお金が元本になっているのだから、純粋な不労所得とは言えないのではないか?ということです。
私自身は株式投資で得られる利益は年間の平均で3%ないし5%程度得られれば大成功だと思っています。大成功してそのレベルでは、相当に大きな金額の運用元本を用意しなくては大きな利益は得られません。わずかな金額を運用したところで、得られるのはさらにわずかなゴミのような金額だけです。大きな運用元本を用意するためには、せっせと働き、働き、働きまくってお金を稼ぎ続けなければなりません。しかも、株式投資というやつはハイリスク・ハイリターンの代表選手のようなもので、大暴落に見舞われると、とんでもないレベルの大きな下落に見舞われることがあります。せっかく苦労して時間をかけて働いて稼いだ投資元本が、あっさりと半減あるいはそれ以上に減ってしまうこともありえます。非常に大きなリスクを内包しているのです。

不労所得という言葉だけをみると、いかにも楽してお金を稼いでいるというようなイメージがありますが、少なくともサラリーマンが行っている株式投資の場合、実態は大きく異なっているのではないかと思います。投資資金を用意するためには、とにかく日々働いて、雨の日も風の日も暑い日も寒い日も、時には台風の日も、ひたすら額に汗して働かなくてはならないのです。その上、稼いだお金のすべてを投資に回すことなど当然のことながら不可能です。生活費が必要だからです。稼いだお金の中から各種の生活費を支払い、様々なやりくりをしてお金を手元に残すようにし、その手元に残ったお金の中から投資資金を捻出するわけです。そうやってようやく捻り出したお金を株式投資に回しても、必ずお金が殖えるという保証はどこにもないのです。株式投資から得るお金は不労所得という言葉から連想されるような気楽なものではありません。

10年以上に及ぶ投資活動の中で、私は、たとえ結果的に株式投資でお金が儲かったとしても、それは額に汗して働いた労働所得が形を変えたものに過ぎないのではないか?と思うようになりました。働くことなくして投資はできないからです。

なお、今回の記事では不労所得という言葉に対して少々いちゃもんをつけておりますが、辞書で不労所得という言葉を引きますと、「働かなくて得ることのできる所得。利子・配当金・家賃・地代など。」(明鏡国語辞典)となっており、言葉の定義としては、株式から得る所得は不労所得とみるのが正しいと思います。今回の記事の趣旨は、株式投資からの収益そのものは不労所得かもしれないが、その投資元本は労働所得によって得ているということを言いたかっただけです。言葉の定義に難癖をつける意図はありません。

それから最後になりますが、労働所得と不労所得との間には、簡単には超えられない壁のようなものがあると思っています。労働所得の方はとにかく働きさえすればいいので比較的容易に得ることができますが、不労所得はそう簡単に得ることはできません。株式投資の場合、今回書いたように元本を用意するのが大変ですし、家賃収入を得るためには不動産投資をしなくてはなりません。いずれもリスクは大きく、それなりの知識も要求されます。時には失敗への恐怖という自らの感情と戦わねばならないこともあるでしょう。結果的に不労所得を得ることができたとしても、それは決して働かなくて得たものではなく、その陰には単なる労働以上の大きな努力と労力があったわけです。不労所得を語る上では、働かなくて得たという結果だけを見るのではなく、それを得るまでの過程をきちんと見た上で評価すべきだと思います。





今年(2015年)も、無事に夏のボーナスが支給されました
今年(2015年)も、無事に夏のボーナスが出ました。今年は金額的には過去最高レベルで、なんと手取りで46万円という、過去の実績からするとあり得ないほどの高額なものとなりました。もっとも、仕事も非常に忙しく、残業と休日出勤が常態化しており痛しかゆしというところではありますが、とりあえずは労力が報われたことはめでたい。
さて、これほどの金額のボーナスが支給された以上はパーっと使って・・・といきたいところではありますが、そういうことは行いません。では投資に回すかというと、さしあたって現時点ではそれもまだ行いません。ボーナスについては、従来通りあくまでも臨時収入という扱いで「最初からなかったもの」としてひとまずそのまま貯蓄に回します。最終的には投資資金として証券会社に回すことになるかもしれませんが、それは資産額全体のアセットアロケーション(資産配分)を考慮しての話になるので、もう少し検討してからの話となります。私はいつもボーナスが入ってきてもある程度の期間は何もせず、しばらく時間を置いてからお金の行き先を決めることにしています。その理由は、ボーナスという臨時収入が入ってきたことによってどうしても気が大きくなり判断を誤る可能性があるため、頭を冷やすために冷却期間をおくようにしているのです。

いずれにしても、消費目的としては1円たりとも使わない方針です。ボーナスによって少しくらい収入が増加したからといって、簡単にお金を使うわけにはいきません。それをやってしまうと資産形成が遠のいてしまいます。だからといってお金を使わないというわけでもありません。お金というものは使わなければ意味がないからです。まずはお金を貯め、投資に回し、首尾よくお金が増加したら、それからお金を使おうという方針です。もし投資によってお金が殖えず、かえって減ってしまったら・・・その時は潔くあきらめるしかありませんけれども、投資を行う以上はそれもまた覚悟の上。こればかりは運次第なのでどうしようもありません。

よく、高収入なのに貯金ができない高収入・高支出・低貯金という人の話をみかけます。高収入・高支出より、たとえ低収入でも低支出で堅実なお金の使い方をする方がいいと言われることもあります。しかしながら、いうまでもなく最も望ましいのは、低収入・低支出よりも、高収入で堅実なお金の使い方をする方であるのは間違いありません。現状の収入レベルでは、今回のボーナスを考慮したとしても、まだまだ高収入と呼べるレベルではありませんが、できることなら、高収入・低支出・高貯金を目指したいところです。



投資によって身についた、お金を殖やすためにお金を使うという思考
私が投資を実践する以前と以降とで大きく変わったのが、お金を殖やすためにお金を使うという発想が身についたことでした。投資を始める以前、預貯金だけをしていた頃は、ただ、貯めるという発想しかありませんでした。それが、投資を学び、実践していくうちに、お金を使ってお金を稼ぐ(殖やす)という思考に変化したのです。以前の私は、「高級ブランド品などの贅沢品ををたくさん持っているのが金持ち」という程度のイメージしか持っていませんでしたが、当然のことながら、いくら高級ブランド品や贅沢品を買いあさったところで、金持ちにはなれません。高級品や贅沢品は単なる消費財に過ぎず、それ自体が新たな価値を生んでくれるわけではないのですから当たり前のことです。それどころか、たいした稼ぎのない人が高級品の買い物にはまると、むしろどんどん貧乏になってしまうのは自明の理。
お金を殖やすためには、将来的に価値が増加する可能性のあるものにお金を使わなければならない思考に変わったわけで、それは文字通り、「金持ち」というものに対するイメージを大きく変化させることとなりました。「将来的に価値が増加する可能性のあるもの」の代表が株式であり、そして分散投資の手段としてのインデックスファンド投資へとたどり着いたわけです。

同時に、投資はリスクを伴うがゆえに、リスク(不確実性)というものと、どのようにつきあうべきかということを学ぶ、極めて実践的な絶好の教材ともなりました。今、現時点においては、私は投資の元本を大きく殖やしていますが、不況時には、大きな含み損を抱えるという経験もしており、この2つの経験こそが、リスクとの向き合い方を否応なしに考えさせられることとなりました。リスクを嫌っていては投資はできないし、かといって、リスクを取り過ぎると、大切なお金を失う可能性がある。その狭間の中で、最適なポイント(預貯金と投資資金の自分にとっての最適な比率)を見つけ出すために長い間、試行錯誤を繰り返すこととなりましたが、その思考プロセスこそが今の私にとっての大きな資産となりました。
今では、私はこう思うようになりました。投資によって結果的にお金が殖えたとしても、それはむしろ副次的なもので、リスクをとってお金を殖やすためにお金を使うという発想を身につけたことが、最大の成果ではなかったか、と。

それと、「金持ちはケチ」などと言われることがありますが、自分自身が貯蓄と投資を実践する中で、この言葉を自分自身の思考と行動の中に見いだすことが増えてきました。それは、例えば以下のようなものでした。

・できるだけ無駄なお金は使いたくない。無駄なお金を使うぐらいなら、投資(もしくは貯蓄)に回した方がよいと思うようになった。
・お金を使うときの費用対効果の重視。この支出はその価値に見合うだけの価値があるか?と自問自答するようになった。
・貯蓄と投資のバランスや投資資金のアセットアロケーションを考える中で、お金を殖やす最適解を常に考えるようになった。
・見栄を張るための支出は1円たりとも行わない。

こうしたことは一見すると、ケチで守銭奴とも捕らえられかねません。まあ、実際に結構なケチなのかもしれませんけれども。
それはともかくとして、私はまだまだ金持ちと呼べるような水準ではないと思っていますが、あるいは「金持ちの思考方法」の一欠片くらいは身についたのではないかと自分では思っています。


投資を実践する中で難しいと思ったこと(2) リスク許容度という概念を理解すること
以前の記事の続きです。前回の記事はこちら。

投資を実践する中で難しいと思ったこと(1) 投資の元本を用意するということ

投資を実践する中で難しいと思ったことの最大のものは前回書いた、「投資元本を用意すること」でしたが、難しいと思ったことは他にもいろいろとありました。その一つが、リスク許容度という概念を理解することでした。
リスク許容度という用語をネットで調べると以下のような説明文が見つかります。


リスク許容度(金融情報サイト-iFinance)
-------------引用開始-------------------------------
リスク許容度は、投資家の許容できるリスクの範囲のことで、資産運用に伴い発生するリスク(損失)をどの程度受け入れられるかの度合をいう。これは、現代ポートフォリオ理論(MPT)で、株式・債券・短期金融資産など複数の資産を組み合わせて運用するポートフォリオのリターンが最大でリスクが最小になるような資産配分を選ぶ際に、投資家が取りうる最大のリスク水準を測定するための指標と考えられている。一般に高いリターンを求めるならば、高いリスクを許容する必要があり、一方でリスクを取りたくなければ、低いリターンを受け入れるべきとされている。
例えば、個人投資家のリスク許容度は、年齢や投資期間、収入、保有資産(余裕資産)の規模、投資経験や運用知識など様々な要因で定性的に測られ、投資家毎に個人差がある。そのため、運用商品を選択する際には、投資家自身のリスク許容度と投資対象商品のリスク特性を踏まえた上で判断することが重要となる。実際にリスク許容度を超えて高いリスクの投資を行えば、投資対象の価格動向が四六時中気になって夜も眠れなくなったり、また損失を被った場合には将来の生活にも多大な支障が及ぶことになるので、自分自身のリスク許容度に応じた投資を心がけることが何より大切である。
-------------引用終了-------------------------------

また、自身のリスク許容度を簡易判定するサイトもいくつかあります。以下はほんの一例。

あなたのリスク許容度診断テスト(全国銀行協会)

リスク許容度診断(モーニングスター)



私にとって、過去十数年間に及ぶ投資活動の中で、最も頭を悩ませたことの一つが、リスク許容度という概念を理解することといっても過言ではありませんでした。投資を始めるまでの勉強期間中に、最初にこの言葉を目にしたときには、「あらかじめ投資リスクを想定するのは当然のことだ」と思う一方で、「なぜお金を殖やそうとするときに、損失のことを考えなくてはならないのか」という2つの矛盾する考えが頭のなかで交錯していたものです。最終的には、常に最悪の事態を想定した上で、投資に回す金額を決めるという結論に落ち着きましたが、そこに至るまでには、「できるだけ多くの投資元本をつぎ込まなければお金は殖やせない」という思いと、「手持ちのお金の過剰に投資につぎ込んでしまうと、万一の暴落時に酷い目に遭う」という思いの2つの思考が頭の中で常に揺れ動いていたものです。実際に投資をするようになってからも、この2つの相矛盾する思いは常に頭の中にありました。

また、リスク許容度という概念の理解にあたって、もう一つ頭を悩ませたのが、株価の下落に伴う自分自身の経済環境の悪化リスクをどう捉えるべきかという問題。私が過去に直面したもっとも大きな問題は、2008年のリーマンショック以降に起きた、勤務先の会社の急激な業績悪化でした。金融資産の下落リスクは、当初、投資を始める一番最初の段階から、「常に最悪の事態を想定する」ということを念頭において投資を行ってきたので、リーマンショックでいかにリスク資産の評価額が下落しようと、さほどのダメージはなかったのですが、お金を稼ぐメインエンジンともいうべき、会社の業績悪化リスクについては、いささか軽視してきたきらいがありました。結果的には会社は持ちこたえましたが、このことは今でも大きな反省材料となっています。「昨日まで働いていた仕事が明日もあるとは限らない」という当たり前の話なのですが、日々毎日仕事をしていると、ついつい勤務先の経営破綻リスクや解雇リスクなどを軽く考えてしまいがちになります。リスク許容度という概念を理解するというのはとにかく難しいと思いました。

私が、投資におけるリスク許容度という概念を本当の意味で理解できたと思えたのは、暴騰と暴落の両方を経験した後のことでした。
昨今の株式市場を見ておりますと、非常に好調だという印象を持っていますが、こういう時こそ、リスク許容度を強く意識しながら投資活動をしなければならないのだと思います。株価が下落するリスクは常にあるからです。

それと、もう一つ思うのは、リスク許容度という投資ならではの概念を人にわかりやすく説明することの難しさです。私が身近な人を含め、人に投資を勧める気にならないのは、一つにはリスク許容度ということをわかりやすく伝える術がわからないためです。当然のことながら、インデックスファンドに分散投資しているからといって必ず儲かるというわけではなく、元本割れも当然起こりうることとして受け入れなければなりません。そのことを、預貯金しか知らない人にわかりやすく伝えるのは非常に困難だと感じているのです。



投資を実践する中で難しいと思ったこと(1) 投資の元本を用意するということ
私が投資をするようになってからすでに十数年が経過しました。投資を実践する中で難しいと感じたことを今後ちょっとずつ書いていこうと思います。今回、第一回目に取り上げるのは、投資の運用原資を貯めることの重要性と難しさということについてです。

大きくお金を殖やそうとすれば、しょぼい金額ではたいした成果は期待できず。どうしても、ある程度まとまった金額のお金が必要になります。しかし、当然のことながら、そんなお金を簡単に用意することはできません。そのため、普段から貯蓄する努力をし、ネット証券会社で、毎月投資信託を積み立てるという方法で、投資を行うことになりました。この方法は、ゆっくりと、しかし確実に投資元本の累計額は増加しますし、また投資信託の基準価額の変動というものに、少しずつ慣れるという意味でも、非常に有効な方法です。しかしながら、一方において、「投資元本が増えるペースが遅い」とも感じました。

私が投資を実践する中でもっとも難しいと感じたことの一つは、「投資の元本を用意すること」だったのです。

ただ、私にとって幸いだったのは、子供の頃からお金を貯める習慣が身についていたことです。お金を貯めることは長年に渡る貯蓄の習慣があったことからさほど苦にはなりませんでした。貯蓄と投資とでは大きな違いも多々ありますが、両者の共通点として、「お金を貯めること」が挙げられるかと思います。実際に投資を始めるまでは、投資というのは非常に派手なイメージを持っていましたが、実際には非常に地味なもので、その根本はお金を貯めるという極めて地道な努力に支えられているということに気付いたわけです。アセットアロケーションがどうとか、リスク許容度がどうのということはもちろん重要ですが、それ以前の問題として何より大事なのは、お金を貯める習慣だと思いました。貯蓄の習慣という基礎があってこそ、初めて投資の第一歩を踏み出すための準備ができるわけです。





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