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Author:masa
1972年生まれの某中小企業勤務の独身男性サラリーマン。貧乏人からお金持ちを目指して奮闘中。貯金は手堅く、投資はリスクを小さく、というのがモットー。
なお、当ブログの更新は原則として不定期です(月に数回程度の更新になると思います)。

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貯金生活。投資生活。
「節約なくして貯金なし」「貯金なくして投資なし」を座右の銘とする管理人がお金と社会について語るブログ
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投資家心理について考える
今日は、投資家心理についての記事です。人間というものは、感情の生き物ですから、合理的な行動というものはなかなかとれないものです。投資においては「投資家心理の罠」とでも言うべきものに陥りがちです。

とりあえずは、この点に関して参考となりそうなサイトへのリンクを貼っておきます。


株式投資と心理学 トレードに潜む人間心理の研究


私自身は、インデックスファンドをメインとする投資家ですから、少なくともインデックスファンドに関する限りは「決して損切りしない」ことにしています。徹底的なバイ&ホールド戦略をとり続けます。あくまでも、国際分散投資をしていることが前提ですが。
とはいえ、一般的な損切りについての知識を知っておくことは重要だと考えます。


私が基準とする損切りライン・あるいは売却ラインは、大きく分けて二つあります。

(1)もし、自分がその投資対象を持っていなかったとして、果たして今の価格で買うかどうか?もし、今の価格で買いたくないのなら、それは売却すべきと考える。

(2)その投資対象を持つべき理由がなくなったとき。持つべき理由がなければ、もはや保有すること自体に意味がなくなる。よって、さっさと売却すべき。

とはいえ、損切りというのは、非常に難しいものだと考えます。実は、私が過去に損切りを考えたことは一度だけあって、それはJ-REITの東京グロースリート投資法人が、昨年大きく下落したときでした。増資の影響と思われますが、価格が大きく値下がりしたのです。私はバイ&ホールド戦略が基本ではありますが、インデックスファンドと異なり、個別銘柄についてはその限りではありません。当時設定した損切りラインは、「マイナス15%」でした。結果的には損切りしないで済んだのですが、そのときつくづく思ったのは、「損切りというのは難しいものだ」ということでした。


ただ、損切りラインをあらかじめ決めておくというのは、非常に重要だと思ったのもまた事実です。損切りラインを事前に決めておくというのは、合理的かどうかという視点で見るならば、決して合理的ではないとは思います。下げた理由によって判断が分かれるからです。しかし、投資家心理という意味においては、損切りラインを決めておいた方が楽だというのは確かだと思います。人間というものは弱いものですから・・・。


自分に言い訳しての「塩漬け」というのは投資家として最悪です。塩漬け銘柄というのは、商売でいうならば不良在庫と同じ。もはや利益を稼ぎ出せない「不良在庫」であるならば、「損切りという名の在庫処分セール」を実施し、たとえ原価割れで損失を出してでもとっとと売却してしまい、現金化した資金を有効活用するのが合理的。


現実には、こうした冷静な判断を行い、実行するためには、投資家心理について知識を得て勉強を重ね、「損切りしないことがいかに不合理か」ということを徹底的に頭にたたき込むしか方法はないと思います。いずれにしても簡単な話ではありませんが、これができないのであれば投資において優れた投資家にはなれないのは間違いないでしょう。


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以前にコメントで書いたことですが、公共事業などで将来性のない明らかに採算の合わない事業であるのが明確であるにもかかわらず、新たに際限なく予算を注ぎ込んで事業を継続しようとすることは珍しくないと思います。これもまた、「失敗を認めたくない」という心理からきているのでしょうね。本来ならば事業を中止し損失を確定させてしまい、新たな予算は何か別の有意義な事業に使うのが合理的なわけですから・・・。
また、企業においても、将来性のない事業に固執し、現実には会社が大赤字であるにもかかわらず「会社を倒産させたくない」とばかりに資金繰りに奔走し、自転車操業でなんとか事業を継続しているというケースもまたよくあるパターンだと思います。「失敗を認めたくない」というのは、実にやっかいなものだなあ、とつくづく思いますね。

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ここでお知らせです。個人的な事情によりしばらくの間ブログ更新をお休みする可能性があります。申し訳ありませんがよろしくお願いいたします m(_ _)m


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今後の投資戦略 日本株式の投資比率引き下げ
今年は投資計画がなかなか決まらなかったのですが、とりあえずは方針が一つだけ決まりました。それは何かというと、


日本株式への投資比率を相対的に引き下げる


ということです。もともと、日本株式の比率を高めにしているのは、「景気が回復・あるいは過熱する前にたっぷりと買っておこう」という意図によるものでした。それを調整していこうということです。とはいえ、日本株式ファンドを売却して他の資産クラスに振り分けるというわけではありません。すでに買っている日本株式の資産クラスはそのままに、今後は外国株式の資産クラスを中心に積み立てていこうというわけです。

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さて、ここで日本株式の資産クラスについて、上昇と下落の2つのパターンについて想定してみます。


日本株式が上昇した場合・・・日本株式が上昇すると、ただでさえ高くなっている日本株式の投資比率がさらに高くなることになる。「日本株式への集中投資」を避けるため、これ以上の日本株式資産クラスへの積み立ては当面の間は抑えるのが妥当。

日本株式が下落した場合・・・日本株式が下落すると、相対的に日本株式への投資比率が下がることになる。よって、現在の高すぎる日本株式の比率が適正な水準になることが期待される。あまりに大きく下落するようであれば、逆にそうした「バーゲンセール」の時に買い増しすることも検討する。


・・・どっちにしても、日本株式の投資比率を引き下げの方向へ動かそうというわけです。上がろうが下がろうが、別にどちらでも全くかまいません。要は、結果として日本株式の比率が下がればそれでよいのです。日本株式は、数ある投資対象の一つでしかないのですから、日本株式に固執する必要はないと考えています。要は、「ポートフォリオ全体として」利益が出ていればそれでよいわけですから・・・。


そんなわけで、今後は少しずつポートフォリオを調整していく予定です。



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個別銘柄投資の限界
今日の記事のタイトルは、もしかしたら適切ではないかもしれません。けれど、私には「限界」という言葉がしっくりとくるのです。では、私の考える「個別銘柄投資の限界」とは何か?それは・・・


個別銘柄投資においては、事実上、日本国内の投資対象をメインに考えざるを得ない


ということです。
もちろん、買おうと思えば、米国株や中国株の個別銘柄を買うこともできます。しかしながら、少なくとも日本に住んでいて外国株式の個別銘柄を買おうとするならば、投資判断において大きなハンディを背負うことになります。他国の株式の情報はあまりにも少なすぎるからです。
日本に住んでいれば、日本国内の様々な企業の製品・サービスを利用したり、日常生活の中で日本の景気の善し悪しを実感したりすることができます。しかし、外国に関してはそうしたことは非常に困難と思われます。もちろん、外国株式に関しても、各種メディアで情報を得ることはできます。しかし、「見ると聞くとは大違い」という言葉もありますが、他人の書いた記事には何らかのバイアスがかかっていると考えるべきで、「外国株式の個別銘柄」に関する客観的な情報を得るのは困難だと思います。よって、外国株式の個別銘柄投資は、日本株式に比べて非常に難しいと考えられます。



また、個別銘柄投資を行おうとするならば、個々の企業について様々な観点からの詳細な分析が必要になってきます。これは非常に大きな手間です。また、1万円から買えるファンドと異なり、相応の資金力も必要です。結果として、「特定企業の分析に対して多大な時間をかけ、かつ特定企業に集中投資する」ということになりやすいと思います。もちろん、十分な資金力があるならば分散投資も可能ですが、資金力に乏しい大半の個人投資家にとっては現実的ではないという気がします。


以前、もし私が日本市場にしか投資していなかったとしたら・・・?という記事でも書いたことですが、比較的情報を入手しやすい日本の株式を主体に投資するにしても、「そもそも投資対象として適切かどうか」ということも冷静に考えなくてはなりません。日本に住んでいるから日本株式に投資するというのは、あまりに安易過ぎるというのが前の記事における私の主張でした。これは日本だけの話だけではなくて、おそらく、米国に住んでいたら米国株の個別銘柄に、中国に住んでいたら中国株の個別銘柄に、インドに住んでいたらインド株の個別銘柄に・・・という具合になりやすいと思うですが、そうした、「自分の住んでいる国を重視しすぎる投資家心理の罠」には注意する必要があるでしょう。


さらに、「これだけ企業分析に力を入れるのだから、必ず市場平均以上に儲かるはずだ」という思いこみも時として危険なものになる可能性があります。個別銘柄投資で大きな損失を出しているのに、「これはまだまだ勉強が足りないからだ。もっとしっかりと分析できるようになれば大きな利益が出るはず」と思いこんだりするのは危険な考え方だと思います。


投資においては、実力よりもむしろ運に左右されることの方が多いと考えられます。証券投資は、努力が報われるとは限りません(むしろ労力ほどには報われないことの方が多いと考えても差し支えないかもしれません)。分析能力を磨くよりも、むしろ「各資産クラスのアセットアロケーションをどうするか」ということへの勉強に力を入れる方がよほど合理的ではないでしょうか。私には個別銘柄投資にあえてこだわる必要は全くないと思うのです。どうしても個別銘柄投資を行うならば、メインをインデックスファンド、サブに個別銘柄投資という「インデックスファンド+個別銘柄」という組み合わせの方が現実的だという気がします。


投資の目的はあくまでも「結果としての資産形成」であり、「日本というごく一部の特定市場への個別銘柄投資それ自体が目的ではない」ということを肝に銘じておく必要があると思います。


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追伸:
今回の記事は、別に個別銘柄投資を否定するものでは決してありません。
私の場合、インデックスファンドメインをメインにバイ&ホールドのほったらかし投資であり、それゆえに、純粋に資産形成を目指すというだけであるならば、あえて個別銘柄投資にこだわりすぎる必要はないのではないかな?と疑問に思っただけの話です。



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ここで話題は変わりますが・・・
あちこちのブログでセゾン投信が話題になっているようです。これについてはまたそのうち記事にしたいと思っています。


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分譲マンションについての素朴な疑問
私は以前から分譲マンションというものにある種の疑問を持っています。今日はそれについての話題です。
私が分譲マンションに対して感じている素朴な疑問。それは・・・


建物全体としては一体不可分なのに、それを「分譲する」ということについてです。


例えば、建物を構成する個々の住戸が切り離し可能であるならば何ら問題はないと思うのですが、建物としては一つなのに複数人の所有者がいる、というのは非常に奇妙に思えてなりません。阪神・淡路大震災で壊れたマンションにおいて、建て替え派と補修派との意見が真っ二つに分かれて両者が対立した、などということがありましたが、これはある意味、「起こるべくして起こった」ことではないかという気がします。分譲マンションに関しての法律といえば区分所有法ということになるのでしょうけど、私には、この区分所有法自身に大きな問題があるように思えるのです。


個々の住戸の所有者(区分所有者)たちが、自分の住戸の権利を主張すればするほど、建物全体の管理はおろそかになりがちになるのではないかな?という気がします。住民同士の意見の対立などは、その典型だと思うのです。


また、分譲マンションの売り手側にしても、「分譲マンションはあくまでも買い手の個人資産だから」ということで、どうしても「売りっぱなし」になりやすいのではないかな?という素朴な疑問も持っています。


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念のために書いておきますが、私はマンション管理とか法律関係については全くの素人です。
なので、あまり明確には書くことができないのですが、私のような素人の目で見ても、分譲マンションというのは非常に不思議な存在で、様々な矛盾を内包していると思うのです。恐らく今後、高度経済成長期に建てられた分譲マンションの老朽化が進むにつれて、その矛盾がどんどん吹き出してくるのではないか、という気がするのです。


今日の記事は、ど素人のたわごとに過ぎません。
これが単なる杞憂であればよいのですけどね・・・。



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日本人の異常なリスク感覚
今日は一般的な日本人のリスクのとりかたについての記事です(この「一般的な」という言葉が適切かどうかはわかりませんが、あえてこういう表現をしています。他に適切な表現が見つからなかったので・・・)。


日本人のリスクのとりかたは異常ではないか、と考えてしまうことがあります。例えば、日本では年収をはるかに上回る借金をして持ち家を買うのが当たり前になっています。私にはこれほど大きなリスクのとり方はそうそうないのではないか、と思います。細々とした給料しかもらえない雇われ従業員という立場で莫大な借金をすること自体がすでに大きなリスクを背負っていると思うからです。

私自身は投資をしているわけですが、極端な話、今この瞬間に私が投資しているすべての投資対象の価値がゼロになってしまったとしても、生活防衛資金をたっぷりと確保していますから、私が経済的に破綻することはありえません。
しかし、住宅ローンを抱えている人の場合、もし万一ローンを払えなくなったらレバレッジをかけているがゆえに実質的に生活は破綻してしまう可能性が高いと思います。これは恐ろしく大きなリスクのとりかたではないでしょうか。

その一方で、お金の運用に関しては、事実上ノーリスクの元本保証の預貯金のみという人が多いものと思われます。かたやハイリスクの持ち家購入、かたやノーリスクの預貯金というのはあまりに極端すぎる気がします。


現実には、「年収の何倍もの金額の住宅ローンという、あまりに大きなリスクをとっているがゆえに、他のリスクをとる余裕がない」というのが実態だという気もします。当たり前ですが莫大な借金を抱えていれば行動は保守的にならざるを得ません。堅実に住宅ローンを払っていかなければ、たちまち住宅ローン破産の仲間入りということになってしまいますから・・・。ポートフォリオ的にもきわめてアンバランスです。


こうして考えてくると、全般的に日本人というのは、リスクのとり方が無茶苦茶だという気がします。つまり、全くノーリスクの預貯金と、その対極にレバレッジをかけての住宅ローンという大きなリスクのとりかたをするかのどちらかが一般的だと思うからです。「家を買って一人前」などということをいうことがありますが、私の目から見れば、とても正気の沙汰とは思えません。



要するに、必要以上に堅実すぎる一方で、必要以上のリスクをとりすぎるのです。その中間が存在しません。だからこそ、たまに株式投資などでリスクをとるときには、リスクのとりかたがわからないがゆえに超ハイリスク・ハイリターンな投資(投機)をしてしまうことになるのではないでしょうか?株券と馬券の区別もついていないような人も多いと思われます。これではどうしようもありません。もしこれが事実だとするならば、「株式投資は危険だ。まともな人間のやることではない」という認識が一般的になるのも仕方がないのかもしれません。

もっとも、「株式投資は危険なのに持ち家購入は危険ではない」という認識自体がそもそもおかしいという気がします。少なくとも、レバレッジをかけた持ち家購入よりは、現物取引の株式投資の方がはるかにリスクは小さくて済むと思うからです。



いろいろと書いてきましたが、やっぱり日本人のリスク感覚は異常だと思ってしまいます。リスク管理・リスクヘッジの考え方がどこにも見つからないからです。住宅ローンを払えなくなる可能性、ライフスタイルが変わる可能性などが全く考慮されていません。物事が計画通りに進む確証はどこにもないのに・・・。

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余談ですが、借金をしている従業員というのは、雇い主である経営者にとっては非常に都合のいい存在だなあと思うことがあります。住宅ローンを抱えている従業員は、借金をしているがゆえに、たとえ嫌な仕事であっても借金を返すために業務命令に従わざるを得ないからです。
「家を買ったら転勤になる」という言葉がありますが、これはもしかしたら、「家を買ったやつは莫大な借金をしているから会社の言うことには服従せざるを得ない。だから理不尽な転勤だって受け入れるだろう」という発想が根底にあるのではないかな?と思ってしまいます。結局は、借金を返すために働かされるだけ・・・という気がするのです。



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もし私が日本市場にしか投資していなかったとしたら・・・?
投資家の中には、日本の株式市場にしか投資しない人も大勢おられるようです。しかし、私にはそういう投資姿勢は非常に疑問に思えます。


日本市場というのは、数ある投資対象の一つにしか過ぎないからです。


もし、仮に私が日本市場にしか投資していなかったとしたら・・・それは非常に大きなリスクを背負うことになったのではないか、と思います。なぜならば、「特定の市場に集中投資」することになってしまうからです。たとえ、日本株式のETFやインデックスファンドで分散投資していたとしても、それはあくまでも「日本市場という特定市場の中での分散」に過ぎません。

日本の景気が好調なうちは、給与所得も増加が見込めますし、投資の運用利回りも好調となるでしょう。しかしながら、一旦、日本の景気が悪化してしまうと、給与所得下落(ヘタすると失業の可能性もあり)に加えて、運用利回りの悪化という二重の痛手を受けることにつながります。


私はいつも考えてしまうのですが、もし私が日本のバブル経済の絶頂期に投資を始めたとして、もしそのときに日本株式に集中投資していたとしたらどうなっていたことか?
恐らく私は大損していたことでしょう。バブル崩壊によって景気はどんどん悪化し、ポートフォリオの運用利回りはマイナス運用が当たり前になり、その上、給与所得も大ピンチに・・・という最悪の状態になっていたものと思われます。


日本という国は、確かに慣れ親しんだ国ではあります。だからといって、「日本に集中投資する」ことは決して合理的とは思えません。そもそも、投資対象として適切かどうかということも冷静に考えなくてはなりません。


「自分が住んでいる国だから・・・」などという安易な理由で投資判断をしてはならないというのが私の基本姿勢です。人間と言うものは、どうしても自分の住んでいる国に対しては判断が甘くなりがちだと思うので、むしろより厳しい投資判断をすべきだと思っているのです。


余談ですが、バブル経済とその崩壊、そしてその後の長い不況というのは、私が実際に投資を始めるにあたって非常に大きな教訓となりました。先人たちの失敗に学んだことこそが、今の投資家としての私にとって非常に大きなプラスになっていることは疑いようがありません。




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「金持ち父さん」シリーズと、私の金銭哲学
さて、今日の記事は、あのベストセラー「金持ち父さん」シリーズに関する記事です。といっても、単なる書評ではなく、恐れ多くも、ロバート・キヨサキ氏の主張と、私自身の金銭哲学とを比較してみようという内容です(ベストセラーですので、内容の紹介はあえてせず、本はすでに読んでいるということを前提に書きます)。


うーむ。本当に恐れ多い内容ですね(^_^;)


私自身は、「金持ち父さん」シリーズを読むはるか以前から蓄財に励んでいました。何しろ、学生時代から貯金に目覚めていましたから、相当年季が入っています。また、同じく学生時代から経済誌を購読するなど、経済の分野の知識も仕入れていました。そういう私の目から見ると、私が最初に読んだシリーズの第一作目である「金持ち父さん 貧乏父さん」に書いてある内容は、「ずいぶん当たり前の内容だなあ」というのが率直な感想でした。


さて、ここで誤解のないように書いておく必要がありますが、基本的にあの本は名著だと思っています。中でも資産や負債というものをわかりやすい言葉で明確にした点、そして貸借対照表や損益計算書を使って、極めてわかりやすい文章でまとめているのはさすがとしかいいようがありません。また、金持ち父さんと貧乏父さんの対比などはまさにロバート・キヨサキ氏ならではだと思います。


でもやっぱり、私には「当たり前の内容だなあ」としか思えなかったのです。


第1作目で一番印象に残っているのは「持ち家は資産ではなく負債だ」というところです。この点が目新しいという人もおられるかもしれませんが、私にとっては、「持ち家は資産」という考え方は、そもそも持っていませんでした。

それには理由があります。

個人情報をあまり書くわけにはいかないのですが、私は関西地方に住んでおりまして、1995年1月17日の阪神・淡路大震災をリアルに経験したことが大きなきっかけです。当時、社会人になって一年目でした。建物が全半壊したり、巨大なビルが傾いたり・・・。頑丈そうに見えた建物というものは、なんとあっけないものなんだと思わずにいられませんでした。
その後、震災復興に関する文献を見ていて、実に様々な問題が持ち上がっていたことに気付いたのです。



*住宅ローンの残った家が倒壊したために、全壊した家と新しい家の二重ローンを抱えてしまった人たち。
*分譲マンションにおいて、改修派と建て替え派で意見が真っ二つに対立し、膠着状態になってしまい、改修も建て替えもできなくなってしまったマンションの住人たち。



こうした人たちは、「資産であるはずの持ち家」を持っていたがためにこうした問題に直面してしまったのだと思いました。このときから、私は「持ち家はとても資産などと呼べるような代物ではない」という確信を持ってしまったのです。
とはいえ、私はロバート・キヨサキ氏のように明快に「持ち家は負債だ」などとわかりやすく説明するだけの才能を持ち合わせていませんでした。ただ、「家賃は捨て金だが、持ち家はローンが終わると自分の資産になる」などという主張に対して、「それは違うだろう」という違和感を感じていただけのことです。
持ち家などというものは、日本では耐用年数はせいぜい30年程度。土地そのものの価値を除くと、建物としての資産価値は年々目減りし、補修などでお金もかかります。これではとても資産とは呼べません。中古住宅の売買市場も整備されているとは思えませんし・・・。そもそも、利用料としての家賃と、大きな借金をして家を所有することの損得勘定を、単なる支払総額や毎月の支払い金額の違いのみで語ることに無理があるのではないかと思っていたのです。


「持ち家は負債である」という言葉は私が感じていた違和感を明確にしてくれたのです。その点においては、一作目の「金持ち父さん 貧乏父さん」は名著ではありました(もっとも、ロバート・キヨサキ氏のいう「持ち家は負債だ」という意味と、私が考えていたこととはまた別の内容ではあるのですが・・・)。


・・・これだけ書いてきても、やっぱり「当たり前の内容だなあ」という感想はぬぐい去ることはできませんでしたが・・・(^_^;)


※この「金持ち父さん」シリーズについては、今後も記事を書く予定です。なんだかんだ言っても、やっぱり素晴らしい名著の一つですし、私自身も大きな影響を受けているのは間違いない事実ですから。

ちなみに、その後、様々なマネー本を読んでいくうちに、「優れたマネー本というものは、当たり前のことしか書いていない」ということに気付くわけなんですが、その当時はまだそのことがわからなかったのです。




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