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1972年生まれの某中小企業勤務の独身男性サラリーマン。貧乏人からお金持ちを目指して奮闘中。貯金は手堅く、投資はリスクを小さく、というのがモットー。
なお、当ブログの更新は原則として不定期です(月に数回程度の更新になると思います)。

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貯金生活。投資生活。
「節約なくして貯金なし」「貯金なくして投資なし」を座右の銘とする管理人がお金と社会について語るブログ
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なぜ人は社会人になると勉強しなくなるのか?
以前に書いた記事の関連記事です。
前の記事のリンクはこちら。

転職でキャリアアップ、というけれど

この記事のコメント欄でひろんさんからこんなコメントを頂きました。ごく一部だけを引用します。


-------------引用開始-------------------------------

キャリアアップするためには、普段からの勉強が必要ではないでしょうか。
一般的に、社会人になってから勉強しなくなる人が多すぎると思います。

-------------引用終了-------------------------------

社会人になると勉強しなくなるというのは、一般的な傾向だと私も思いました。そこで今回の記事は、「なぜ、人は社会人になると勉強しなくなるのか?」ということについてです。
とはいうものの、この問いに対する私の答えは極めてシンプルで、


社会人になってからは、たとえ勉強しなくてもなんの不利益もないから


という点に尽きると思います。勉強していないということを理由に減給になったり、クビになるというのなら、それは一生懸命勉強するでしょうけど、現実にはそういうことはほとんどないのが一般的。そして何よりも「社会人にとっての勉強=仕事をすること」という認識になっていて、それゆえに社会人になってからは一般的な意味での勉強をしなくなるのだと思います。
むしろ、逆に「余計な勉強ができるほどヒマなんだったら、顧客回りでもしてきたらどうなんだ」とか、「アフター5にスクールに通う時間があるんなら、もっと残業して仕事に力を入れろ。他のみんなはもっと遅くまで働いているんだぞ」などと、逆に勤務先の上司から”指導”される場合すらあり得ます。


また、ただ単に「勉強しなくても不利益にはならない」ということだけではなく、「仮に社会人になってからいくら一生懸命勉強してみたところで、その努力の割には報われることが少ない」ということも、勉強しなくなる一因に挙げられるのではないでしょうか?要するに、かけた労力に対してリターンが少ないということです。これを投資に例えれば、「ハイリスク・ローリターン」の状態になっている、というところでしょうか。


あと、転職に関してですが、いくら自分で新たな知識を勉強していたとしても、”実務経験という裏付け”がなければ、転職市場では何の評価もされないケースがほとんどであることも大きいと思います。例えば、一般事務しか実務経験のない人が、いくらデザイナーになるためのの勉強を一生懸命したところで、応募先から「デザイナーとしての実務経験がなければうちでは採用できない」と言われて終わり、というケースが一般的だからです(もちろん、例外もあるでしょうけど、それほどに実務経験の重要度は大きいということです)。


要するに、社会人が勉強しないのは、決して怠け者だからではなく、むしろ経済的合理性に従った結果に過ぎない、といえるのではないかと思います。




さらに書いておくならば、この”実務経験至上主義”あるいは”実績至上主義”とも言うべきものは非常に強力で、派遣社員などの非正規雇用の方々が、正社員になろうといくら努力しても、派遣での実績が認められず、それゆえに正社員としてなかなか採用されないという問題を作り出しているのだろうと思います。キャリアがないがゆえにキャリアアップできないという、まさに悲劇的な状態といえるでしょう。現実には、下手な正社員よりも優秀な人もいるというのに・・・。
(この非正規雇用の問題については、今回は詳しく書かないことにします。私自身、経営者側の一方的な都合で、ひどい目にあっている非正規雇用の実例をこの目で見てきましたし、また労働問題に関する文献も何冊か読んできて、そのあまりの理不尽さには怒りを感じるのですが、今日はそれが主題ではないので・・・)

最後に・・・
今回の記事についてですが、あくまでも一般論について書いているだけなので、その点ご了承下さい。
「社会人になったら勉強しなくなると言うけど、オレは勉強しているぞ!」という人も大勢いるだろうことは承知していますし、また、常に勉強していないと世の中の進歩についていけないようなシビアな業界があることもわかっているつもりです(^^;)


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分散投資もほどほどに・・・
投資をするときには、リスクを抑えるために分散投資をするというのは半ば常識となっています。しかしながら、なんでもかんでも分散すればよいというものでもないという気もします。


例えば、いくら分散投資が重要だからといって、何十もの金融商品・個別銘柄を保有する、などというのは現実的ではありません。それだけ多くの金融商品・銘柄を細かく管理することなど、一般の個人投資家には事実上不可能です。つまり、「分散する必要があるから」という、ただそれだけのためにむやみやたらと様々な金融商品を組み入れる必要もないと思うわけです。

分散もほどほどに・・・ということもまた、重要ではないかと思うのです。なぜならば、分散投資の目的は、あくまでも「リスクの最小化とリターンの最大化」であって、「分散すること自体が目的ではない」からです。


・・・まあ、現実的には数種類のインデックスファンドに投資することで、結果として、少数の投資対象への”集中投資”で、なおかつ国際分散投資が可能、ということになると思うのですけどね。


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生活防衛資金はどの程度が適切なのかという問題
前に書いた記事、「過剰な節約」という名の病のコメント欄において、万が一のために、投資しないで現金・預貯金の形で置いておく”生活防衛資金”についていくつかの意見が寄せられています。

「全資産の99%以上を株に投資している」(ノスケさん)という方もいれば、「一般に投資をする際には(というか,投資をしなくても人生を生きていくのなら)職を失うなどの万が一の時のためにある程度の現金(預金)を保持しておく」(ガウスさん)という意見もあります。今日はそれについての話題です。

私自身も、生活防衛資金に関しては、手取り年収の2年半分程度を確保しているわけで(その時々により、若干の変動はありますが・・・)、かなりの金額を預貯金などの形で保有しています(定期預金を含む)。
とはいうものの、私自身も、それほど多額の金額を生活防衛資金にする必要はないのでは?と考えてもいます。

そもそも、「投資をするならまず生活防衛資金として生活費の2年分を確保せよ」(これは木村剛氏著の「投資戦略の発想法」の主張です)という言葉の裏にあるのは、「ある程度の金額のまとまったお金を持っていない人が投資などを考えるべきではない」ということだと思います。
逆に言うなら、まとまった金額のお金を持っている人なら、生活防衛資金に関して、さほど厳密に考える必要はない、という考え方もできます。


例えば、1千万円を大きく超えるだけのお金を保有していて、借金ゼロというケースの場合、本当に生活防衛資金は必要なのだろうか?という疑問を感じることがあるのです。

ことさらリスクの高い投資をしている場合、万が一大暴落したときの経済的ダメージが大きいので、確かに生活防衛資金は必要だと思います。しかし、インデックスファンドで国際分散投資をしている場合、果たしてどうなのか?ということです。

考えられる「万が一のケース」というのは数多くあります。世界同時株安などの大暴落・失業・病気・急な大きな出費・・・。
しかし、この場合でも、前回の記事の中でノスケさんが書いておられるように、「そもそも職を失ったり重い病気にかかったりするような「万が一」のことが起こった場合、当初予定していた投資計画はその時点で狂ってしまいますので、そのときには潔く株を売却すればいい」(ノスケさんのコメントより引用)という考え方は正しいように思えます。この場合・・・

*有価証券を売却して現金化するまでのタイムラグの問題

*場合によっては金融商品が元本割れの状態になっている時に売却しなくてはならない


・・・といったことが問題になりますが、それさえ許容できるというのなら、確かに生活防衛資金をことさら用意する必要はないのかもしれません。

そんなわけで、いくつかの条件を満たせば、生活防衛資金は必ずしも必要ではない(あるいは少額でもよい)という意見は正しいのかもしれません。そのいくつかの条件について思うところをまとめてみると・・・


*家計の収支のバランスが安定しており、大きな経済的危機に直面する可能性が低い(当然、無借金であることが大前提)
*比較的リスクの低い(価格変動率の低い)、無難な投資手法をとっている
*流動性の高い、いつでも市場で売却できる投資商品でポートフォリオが構成されている
*売却指示から、現金化までのタイムラグを許容できる
*万一の売却時には、元本割れになっている可能性もあるが、それを容認できるだけのリスク許容度を持っている
*投資において考えられる「最悪の事態」(大暴落など)をきちんと想定しており、それが現実のものになったときにも慌てず冷静に対処できる自信がある


・・・といったところでしょうか。

とはいうものの、これはあくまでも投資上級者が、自分のやっていることをきちんと理解した上で行うときの話であって、投資初心者がこうしたマネをするのはやめておくべきでしょう。

私の場合は、残念ながら、そこまでの割り切りができない(それほどの大きなリスクをとても許容することができない)ので、生活防衛資金は今まで通りのままでたっぷりと確保しておこうと思っています。生活防衛資金を十分に確保しておくことの狙いの一つは、暴落時にもさほど動揺せずに済むという、精神安定剤的な部分にもあるからです。


いずれにしても、生活防衛資金を用意しない、あるいはごく少額にとどめるというのは”極めて高度な投資判断”が必要だと思います。相当な投資経験を積んで初めてできる決断だと思いますので、繰り返しになりますが初心者はマネしない方が無難です。

・・・というか、ほとんどの人にとっては、これは到底おすすめできるものではありません。生活防衛資金はやはり余裕をもって確保しておくのがよいと思います。

最後に一言。投資判断は自己責任でお願いします m(_ _)m


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転職でキャリアアップ、というけれど
今日は単なる戯れ言です。

よく、「転職でキャリアアップ」などという言葉を目にしますが、私が思うに、それは転職情報誌や人材紹介会社などが作り出した幻想に過ぎない部分が多いのではないだろうか、といつも思っています。


キャリアアップするためには、そもそもその前提としてのキャリアが必要だからです。
今現在、他社で高く評価してもらえるようなスキル・キャリアがあるのであればともかく、そうでない場合には転職によるキャリアアップなどはまさに”幻想”と言われても仕方がないと思います。「転職するためにキャリアを積みたいが、そもそも、キャリアを積むにはどうしたらいいの?」というコロンブスの卵のような問題がつきまといます。

年齢によって、転職の可能性が大きく左右されるのも大きな問題です。一定の年齢(おおむね30歳から35歳くらいまで?)を超えると求人数は一気にがたんと減ってしまう傾向にあると思います。その意味では、転職に必要なキャリア・経験というのも、あまりに年をとりすぎているのはダメ、ということで、この辺が結構微妙なところです。

企業規模に関連する問題もあります。大企業から中小企業への転職はまだ比較的容易かもしれませんが、その逆はほとんどの場合、極めて難しいのが現実でしょう(難しいというより、ほぼ不可能に近いと言った方がいいのかもしれませんが・・・)。

また、同業他社への転職の場合、同じ業界であるがゆえに、仕事内容も、給与水準も、会社の雰囲気も同じようなもの、というケースも少なくないと思われます。この場合、そもそも何のための転職なのかわからなくなってしまう恐れも。これは業界によるのかもしれませんが・・・。


転職情報誌や転職サイトには、華々しい転職の事例が掲載されていますが、現実問題として、転職希望者のうち、果たして何人の人が本当の意味で満足できる転職が実現できているのだろう?と疑問に思ってしまいます。


私自身も、転職経験があるので、別に転職自体は否定はしませんし、転職もまた人生にとってはいい経験になるとは思うのですが、それにしても、どうもしっくりとこない部分があるのです。


いずれにしても、転職に際しては、転職情報誌や人材紹介会社の作りだした”幻想”に惑わされないようにする必要があると思うわけです。そうでなければ、理想の会社を求めて転職を繰り返すという「青い鳥症候群」になってしまう恐れもあります。


売り手側の論理に気をつけようというのは、消費や投資だけでなく、転職でも同じということですね。転職情報誌や人材紹介会社は、求人広告や人材紹介でお金を稼いでいるわけですから、転職に対してある種の幻想を作り出すのは仕方がないことですが、転職する側が、あまりにも無防備に広告戦略に乗せられてしまうと、かえって転職に失敗してしまう恐れがあると思います。





流動性の低い金融商品は買わない
私の投資商品の選択の際のルールの一つとして、「流動性の低い金融商品は買わない」というのがあります。

要するに、例えば10年間は一切解約できない商品とか、やむを得ず中途解約する場合には違約金をとられるなど、不利な条件でしか解約できないような商品は一切買わない、ということです。ヘッジファンドや仕組み預金などがそれに該当するケースが多いように思います。


「5年以上使わないお金とか、10年以上は使わないお金だったら問題ない」とかいう考え方もできますが、個人投資家の場合は、”絶対に使わないお金”と決めつけるのは危険だと思います。

なぜならば、「何かの都合で、急に大金が必要になる可能性」が絶対にないとはいえないからです。個人投資家は、所詮は個人なのですから、こうしたリスクはとるべきではないと考えます。

いざ大きな資金が必要となったときに、金融商品が解約できないがために借金をしなければならなくなったり、あるいは、解約できても非常に不利な条件でしか解約できないとなれば、ただでさえピンチのときにますます追い打ちをかけることになってしまいます。


そんなわけで、購入するのは、いつでも換金できる金融商品に限定すべきだと思うわけです。これは非常に基本的なことではあるのですが、特に、ある程度まとまった金額のお金を持つようになると、意外と忘れがちになると思うので、書いてみた次第です。

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20代の貯蓄傾向について思うこと
まずは、今日の元ネタとなったサイトを紹介しておきます。

一番の関心事は貯金 20代は「かわいそうな世代」なのか(J-CASTニュース)

この話題については、今さらながらではありますが、私も書いてみようと思いました。

上記リンク先の記事を読んだ感想ですが、「非常に堅実だなあ」というのが率直な感想です。

この記事の中で、経営コンサルタントの中島孝志氏のこんなコメントが掲載されています。


-------------引用開始-------------------------------
「20代がお金を使わずに貯金しているのは、自己投資をしていないのと同じだから、これからの人生に向かって投資しなさい、と言いたい。投資は成功も失敗もあるけれども、どちらがおもしろい人生を送れるか、ということだと思うんです」
-------------引用終了-------------------------------


このコメントには、大きな違和感を感じます。そもそも、お金を使うこと=自己投資ではありませんし、また、さほどお金をかけなくても自分の能力を高めることはできるはずです。それ以前の問題として、十分なお金を持っていなくては、それこそ「おもしろい人生」を送ることなどできないはずです。
手元に十分な金額のお金を持っていない人の人生が、いかに悲惨なものとなるか、それは考えるまでもありません。
そして何より、20代というのは、もっともお金を貯めやすい時期でもあると思います。


余談ですが、以前に、自己啓発の一環として、資格をとろうと勉強していたことがあります。本屋さんでテキストと問題集など数冊買っただけなので、テキスト代としてかかった費用は、確か5千円か6千円くらいだったように記憶しています。家計簿を確認しておりませんので概算です(なお、受験料は別途5千円ほどかかりました)。あとは家でひたすらノートに書いて覚え、またインターネット上にある各種サイト(問題集・例題などが載っているサイトなどがいくつかありました)を併用したのです。それだけで十分な内容の学習が可能でした。結果、その試験は一回で合格しました(合格発表後のデータによると、全受験者に対する合格率は、約11%程度だったようです)。そのときの経験から言っても、お金をかけないと自己投資はできないなどという発想そのものが大きな間違いだと思います(もっとも、何をもって"自己投資"と定義するかは議論の余地がありますが)。



話を戻しますが、私自身が本格的な貯金に目覚めたのは、前々から書いてきたように将来に対する不安ゆえんでした。学生時代から貯金はしていたものの、社会に出たとき(1994年当時)にはすでにバブルは崩壊しており、その前年(1993年)の就職活動にも相当苦労したのを覚えています。入社した会社も中小企業で、希望通りの会社に入れたわけでもなく、会社の将来性・安定性にも大きな不安がありました。私は、その不安を解消すべく、貯金に力を入れ始めたのです。今にして思えば、その判断は100%完全に正しかったのだと断言できます。


将来に対して不安を感じる以上、お金を貯めるというのは極めて合理的で堅実な行動だと思います。


30代の私にしてもそうなのですから、不況の中で育ってきた今の20代であれば、なおさら将来に対する不安は大きいのではないだろうかと推測されます。なので、その堅実さは素晴らしいと思うわけです。
「今の20代がこんなに堅実なら安心だ」と逆にほっとします。この堅実さがあれば、借金地獄にはまる心配も少なそうだからです。

もっとも、価値観の多様化している今の時代に20代という年齢層を十把一絡げに捉えるというのも少々無理があるように思えるのも事実ですが・・・。



・・・それにしても、この経営コンサルタントの中島孝志氏って一体何を考えてこんなことを・・・???
案の定、読者からのコメント欄でも相当に叩かれているようですが(^^;)

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「過剰な節約」という名の病
今日は、私の個人的な体験を書いてみたいと思います。


以前、お金を貯めることに異常な執念を燃やしていた時期がありました。その間、もちろんお金はよく貯まりました。しかし、同時に大きな問題点も起きました。それは・・・


*お金を使うことに対してある種の罪悪感を感じていた。逆にお金を使わないことに対して無上の喜びを感じるようになっていた。少しでも無駄なお金を使うと「どうしてこんなものにお金を使ってしまったんだろう」と激しい後悔とともに、ひどく落ち込むことがあった。

*雑誌などを買う人を見かける度に、そういう人がみんな馬鹿に見えた。なぜ、そんなくだらないことにお金を使うのか?と思っていた。

*コンビニで買い物をする人の心境がわからなかった。スーパーに行けばもっと安く買えるのに、どうしてわざわざコンビニなんかで買い物をするのか?と・・・。

*投資をしない人を軽蔑していた。投資でなく消費にしかお金を使おうとしないことが全く理解できなかった。


・・・といったことです。
今にして思えば、これは完全にある種の心の病だったのでしょう。今日の記事のタイトルにあるように「過剰な節約」という名の病です。

幸いにして、私の場合は、その異常さに自分で気付いたのでよかったのですが、「お金を使わないことそれ自体が目的になる」というのは恐ろしいことだと思った次第です。

もし、こういう状態になってしまったら、意識的にお金を使う「お金のリハビリ」も必要になってきます。言うまでもなく、消費そのものが悪ではありませんし、時には少々無駄金や浪費をしてもいいではないか、というおおらかさも必要だと思います。


お金に関する心の病というのは、何も買い物依存症のようなものだけではなく、病的な節約に対するこだわりというのも同じくらいに大きな問題だと実感した経験でした。




中小企業で働いていて思うこと
私は、中小企業でずっと働いてきているわけですが、仕事をしていていつも思うことがあります。それは何かというと・・・



自分の会社の利益のためというよりもむしろ、元請け企業・取引先企業を儲けさせるためにせっせと働いているんだなあ



・・・ということです。
これはちょうど、雇われ従業員が、雇い主である経営者を金持ちにするためにせっせと働いているのと同じことなのだろうと思います。
もちろん、中小企業といっても、下請け的な仕事をしている会社ばかりではないのでしょうけど、私の場合、どちらかというと下請け的な立場の会社なので、どうしてもそう思ってしまうのです。
(あまり個人的なことについて書くわけにはいかないので、私の具体的な業種や職種については書きませんので悪しからずご了承下さい)


要するに、元請け的な立場の取引先から金額や仕事に関することで無茶な要求を言われても、それを呑まざるを得ない


ということです。

前々から書いているように、ここ数年、景気はよくなったと言われますが、そんな実感はほとんどありません。これは単に私個人の給料がさほど上がっていないということだけではなく、勤務先の経営状態が改善されたとは全く思えないという点が一番大きいのです。会社の業績が芳しくなければ、従業員の給料など上がるはずがありません。


「はたらけどはたらけど猶わが生活楽にならざりぢつと手を見る」という石川啄木の詩を思い出してしまいます。個人レベルではなく、会社レベルでそういう状況になっているように感じるのは、非常に悲しいことだと思わざるを得ません。


・・・もっとも、そんなことで嘆いていても仕方がないのは事実です。人生は全てにおいて自己責任。たとえ本業の収入アップは期待できないにしても、せめて、投資家としての私は、できるだけ合理的な投資を心がけたいものです。




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