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Author:masa
1972年生まれの某中小企業勤務の独身男性サラリーマン。貧乏人からお金持ちを目指して奮闘中。貯金は手堅く、投資はリスクを小さく、というのがモットー。
なお、当ブログの更新は原則として不定期です(月に数回程度の更新になると思います)。

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貯金生活。投資生活。
「節約なくして貯金なし」「貯金なくして投資なし」を座右の銘とする管理人がお金と社会について語るブログ
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ブログ開設から5年が経ちました
私がブログを開設してから丸5年が経ちました。この話を書く度に思うことはいつも同じなのですが、「我ながら、よく続いているなあ」ということです。もともと、そんなに深く考えてブログを開設したわけでもなく、ブログというのが流行っているから始めてみようという単純な動機だったので、当初はすぐに飽きて更新をやめてしまうだろうと思っていました。それが5年も経過した今もなお続いているというのは、我ながら驚いています。

ブログを書いていて何が一番難しいのかと言えば、なんといっても記事にするネタを探すことです。発想のよほど豊かな人ならいざ知らず、それほど発想力のない私にとっては、これがけっこう大変です。ネタ切れというのはブロガーにとっては致命傷です。思うに、更新の止まってしまったブログの大半がネタ切れによるものでしょう。これは本当に大変なのです。最近は特に、投資本を読むのもなくなっているのでなおさらです。それでもどうにかこうにか続いているというのはやっぱり驚きです。

それから、ブログを書く上で難しいのは記事のネタをきちんと文章化することです。私は文章を書くのが苦手なので、ブログ開設から5年が経った今ですら四苦八苦しながらブログの記事を書いています。どうやらこの点に関しては全く進歩していないようです。これは永遠にこのままなのか・・・。

一日当たりのブログのトータルアクセス数は、おおむね700ないし1000ちょっとというところで、これは以前から変動はほとんどありません。

ブログなどをやっていると、いろんなことがあります。例えば取材の依頼を受けたことが何度かあります。しかしこれは断りました。あまり目立つことをしたくないからです。
それから、「本を送るからブログで紹介して欲しい」という類の話。これも問答無用でお断り。面白いかどうかわからない本を、ブログで書評を書くというただそれだけの目的として読みたくありません。それにタダでもらった本をブログで紹介するとなったら、あまりボロクソに書くわけにもいきません。そうすると、ホンネで書評を書くことができなくなってしまいます。
他によくあるのは、相互リンクの依頼。これは一部の例外を除き、原則として却下。リンク先を増やしていったらきりがなくなってしまうからです。それから、たまにあるのが広告を載せてくれという類の依頼。これも当然のことながらお断りもしくは完全に無視。こんなのをいちいち相手にしているほど暇ではありません。いやはや。実に煩わしい。


そんなこんなで、ブログを書いていると何かと鬱陶しいことも多いのですが、このブログも6年目に突入。これまで同様、冷ややかな目で貯金と投資について書き続けるつもりです。もっとも、その冷ややかさゆえに、投資を皮肉ったものや辛辣な記事が多く、いささかやり過ぎではないかと思うこともあるのですけどね・・・。しかし、この辛辣さこそが私のブログの特徴だとも思っているので、これからもこのスタイルを変えるつもりはありません。

投資について学び実践していてつくづく感じることは、投資家という立場がいかに不利な位置にいるか、ということです。確実に金持ちになる方法は存在しないことを嫌でも思い知らされます。利回りを向上させるためにできることは何一つなく、ただマーケットの動きに翻弄されるだけ。投資は確かに重要ではあるけれど、だからといって過度の期待をすることは禁物だという思いはますます強まっています。資産形成の基本はあくまでも本業収入をベースとする貯蓄にあるということを忘れてはならないと常々思っています。私のモットーである「貯金なくして投資なし」という大原則を崩すことはありません。

ともあれ、これからも当ブログは続きます。このブログは私個人の完全な自己満足ブログではありますが、今後ともよろしくお願いします。



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テーマ:お金の勉強 - ジャンル:株式・投資・マネー

「未来を知ることはできない」ということを金融商品の売り手側の立場から考えてみる
投資においては、どこに投資をすれば儲かるのかということを事前に知ることはできません。このことを金融商品の売り手側の立場から考えてみようというのが今回のテーマです。

もう何年も前の話になりますが、マネー雑誌などで、日経平均2万円を予想する評論家や専門家が大勢いました。金融危機が起きる以前は相場状況もよかったので、それなりの説得力があったのかもしれません。しかし、その後大暴落したのは周知の通り。たまに、その全く逆の予想をする人もいたのかもしれませんが、どちらかというと強気予想の人が圧倒的に多かったように思います。

マネー雑誌というのは金融機関の広告塔と考えて間違いないと思いますが、金融商品の売り手側の立場で考えると、将来の予想がやたらと強気になるのも当たり前です。未来のことを知ることができない以上、予想する未来予想図は、どうしても自分にとって都合のいい未来を描こうとするからです。どんな魅力的なストーリーを描くのも自由なのです。それは予想ではなくて、”こうなって欲しいという願望”に過ぎないのですが、それを読む投資家側も、「将来は株価が上がって欲しい」と願っているのですから、どうしてもそれに乗せられてしまいます。投資家側も、投資をするに当たって誰かに背中を押して欲しいのです。ここにおいて、金融機関の広告塔であるマネー雑誌側と投資家側の思惑は一致します。



こう考えてくると、マネー誌などにおける過剰なまでの強気予想というのは、ただ単に投資家が心の中で望んでいることを未来予想図として与えているに過ぎないと言えます。



金融商品の売り手側や評論家が強気予想をして、投資家がそれに乗せられるというのは毎度おなじみの構図。しかし、これを防ぐにはどうしたらいいのかというと非常に難しい問題です。そもそも、投資家側は将来のプラスリターンを信じているからこそ投資をしているわけですから、強気予想を安易に信じてしまうのも仕方がありません。人は、自分が見たいと思うものしか見ようとしないものなのです。

それでも、売り手側のポジショントークの乗せられないようにするにはいくつかの方策があると思います。



*マネー雑誌や金融商品の売り手側からの情報はすべてポジショントークに過ぎないという認識の元、極めて冷めた目で見るように心がける。

*長期的にはプラスリターンが予想されるとしても、短期的・中期的には大暴落などで大ダメージを受ける可能性があることを常に念頭に置いておく。そもそも、投資でいうところの「長期」というのが一体どれほどの期間なのかが明確でないし、絶対にプラスになるという保証はない。

*いくら自分自身の頭を使って考えても、結局未来を知ることはできないということをよく理解しておく。重要なのはリターンではなく、リスクであることを決して忘れない。



投資家というのは、どうしても投資に対して過剰な期待を抱きやすくなります。ゆえに、評論家や各種専門家たちの強気予想を信じたくなります。しかし、これには注意する必要があります。これはある意味で冷静さを失っているとも言えるからです。



テーマ:お金の勉強 - ジャンル:株式・投資・マネー

1000万円を運用してみてわかったこと(6)
シリーズ記事の続編です。過去の記事はこちら。

1000万円を運用してみてわかったこと

1000万円を運用してみてわかったこと(2)

1000万円を運用してみてわかったこと(3)

1000万円を運用してみてわかったこと(4)

1000万円を運用してみてわかったこと(5)



今回は、あのサブプライムローン問題に端を発する、金融危機時の大暴落を振り返って思ったことをあらためて書いておきたいと思います。
投資資金が1000万円以上という規模になってくると、わずか1%の変動でも非常に大きなものとなるということは過去の記事で書きました。実際、あの金融危機の時の値動きは半端なものではありませんでした。サブプライムローン問題が表面化する前はけっこうバブルっぽい雰囲気が全体的にあって、積み上がっていた含み益もけっこう大きかったのですが、大暴落の過程で、そんなものはすべて吹き飛んでしまい、現時点では含み損の状態になっています。
過去の利回りをみて、一番含み益の大きかった時期と、逆に一番損失の大きかった時期を比較すると、その変動幅は、私の手取り年収額を超えるほどの大きな変動になっています。これはなかなかすさまじい変動額です。加えて、大暴落の真っ最中の時期、景気も急速に冷え込んできて、一時期会社での仕事量が激減したときには、さすがに肝を冷やしました。私が一番恐れている事態は、大暴落による莫大な金額の含み損+大不況時の失業というダブルパンチを喰らうことでしたが、それがいよいよ近づいてきたのかもしれない、と思ったのです。このときは事態を重くみて一時的に積み立て投資を停止せざるを得ませんでした。
当時、私が一番強く思ったのは、投資資金の金額が大きくなればなるほど、生活防衛資金としての預貯金の重みはより大きなものとなるということでした。投資資金が大きくなれば、必然的に暴騰・暴落時の変動金額も大きくなるわけで、その心理的プレッシャーは相当に大きなものとなるからです。
あのときほど、リスク許容度という概念を強く意識したことはありませんでした。「自分自身のリスク許容度の限界はどこなのだろう?ということを考えるようになった」という話は以前にも書きましたが、今あらためて思うのは、一つだけです。それはなにかというと、


投資というのは、最悪の場合すべての資金を失っても良い、というくらいの覚悟で挑まなくてはならない、ということです。


現実的には、インデックスファンドによって国際分散投資をしているポートフォリオにおいては、すべての資金がゼロになるということはあり得ないと思います。しかしながら、短期的に見た変動幅は相当に大きくなりますし、また大暴落時にはまるで底なし沼のように損失が膨らみます。よって、気持ちの上ではすべての投資資金を失う覚悟が必要だと強く実感したのです。そのくらいの覚悟があって初めて、いかなる暴落時にも冷静でいられるようになるのだろうということです。


そして今ひとつ思うことは、大暴落をくぐり抜け、市場から退場することなく生き残って初めて投資家は一人前になるのかもしれない、ということです。暴落を実体験として知らない投資家というのは、非常に危ないと思います。大暴落の中で、多くの投資家が市場から消えていきました。そして、投資について強気な記事を書いていた投資系ブログも消えていきました。投資の怖さを知らない投資家はどうしてもリターン重視・リスク軽視という方向に動きやすくなります。そのことがかえって傷口を広げてしまうのです。それはちょうど、山の怖さをしらない登山家のようなものかもしれません。山の怖さを知らない人が安易に山登りをすべきでないのと同様、投資の怖さを知らない人は投資をすべきではないのです(もっとも、これは投資金額が少額であるうちはさほど重要ではないかもしれませんが)。


1000万円を運用してみて分かったこと。それは投資家というのは、投資の怖さを知った上で投資を実践しなれけばならないということです。私は投資家の一人として、このことを肝に銘じておきたいと思います。


ちなみに、私が人に対して投資を勧めない最大の理由もこの点にあります。リターンにしか意識が向いておらず、ちょっとでも損失が出ると大騒ぎする人が多いという現実を考えれば、とても他人に投資を勧めようという気にはなりません。




テーマ:お金の勉強 - ジャンル:株式・投資・マネー

統計のウソを見抜く方法。あるいは統計で人を騙す方法
今回は、以前に書いた記事、「日本人は株嫌い」という通説は正しくないの関連記事です。この記事で書いたのは、「日本人が株嫌いというのは正しくない。どうやら平均値に騙されていたようだ」ということでした。恐らく、こうした統計データに騙されるという話はどこにでも転がっているものと思われます。そこで、統計のウソを見抜く方法についてネットで検索してみました。すると、役立ちそうなサイトが見つかりましたので、以下にリンクを貼っておきます。


統計の嘘(ウソ)の見抜き方


ここでは、統計のウソとして、8つの話を取り上げています。目次の部分を引用します。

-------------引用開始-------------------------------

●統計のウソ1【比較対象の定義が異なる】
●統計のウソ2【偏った標本】
●統計のウソ3【少ない標本】
●統計のウソ4【誘導的な質問】
●統計のウソ5【空気を読んで答える人】
●統計のウソ6【見栄をはる人】
●統計のウソ7【利害関係のある調査員】
●統計のウソ8【平均には三つの種類がある】

-------------引用終了-------------------------------


個々の内容は、リンク先から読んでおいて下さい。非常にわかりやすく書かれていますので、参考になるかと思います。


次に、Wikipediaより一部を引用します。


統計学 (出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)

-------------引用開始-------------------------------

統計の困難さ


一度信頼できる統計データが取れさえすれば統計学的分析は数学的に行えるが、信頼できる統計データの収集はとても難しい。実際、統計を取る人の主義主張によって統計値が大きく異なる事も多々あり、レーガン政権は当時アメリカにホームレスが30万人しかいないと主張したが、活動家達はその10倍の 300万人いると主張した。

たとえば質問の仕方一つで結果がガラリと変わってしまう。強姦に関するある調査で、女子大生に「男性からアルコールや薬物を飲まされて、望まない性交をした事がありますか」と質問する事で「女子大生の1/4が強姦された事がある」という結論を出したが、批判者達はこの調査で強姦体験者と認定された女子大生達を集めて再調査したところ、その3/4がその体験を強姦だと考えてない事が分かった。

また暗数の考慮にも主観がつきまとってしまう。暗数とは「統計に出ない値」の事で、例えば強姦のような犯罪はそれがタブーであるがゆえに警察に届けない事も多くしたがって統計にあらわれない。したがって統計を正しく読み解くには暗数を考慮する必要があるが、統計値を多く見積もりたい人は意識的・無意識的に暗数を多く見積もってしまうだろうし、統計値を少なく見積もりたい人は逆に暗数を少なく見積もってしまうだろう。

正しい統計データから正しい統計操作を行ってもなお騙す事が可能である。ここ40数年で少年犯罪は1/4になっているが、「少年犯罪は急激に犯罪が増加している」事を主張したければ、最近10年分のデータだけを提示すればよい(最近10年分では微増しているので)。グラフの縦軸(=犯罪数の軸)をわざと縦長に書く事で犯罪数が急上昇しているように見せかける事も可能である。

またもっと簡単なミスで統計結果を勘違いしてしまう事がある。例えば「日本で犯罪件数がもっとも多い県は東京である」という統計を読むと、東京がもっとも危険な街であるように思えてしまうが、東京はもっとも人口が多いのでそれに比例して犯罪件数が増加するのは当然であるし、犯罪にも軽微なものから重大犯罪まで種類があるので治安に影響を与える犯罪を見極めなければならない。治安の良し悪しを知りたければ単純な犯罪総数ではなく、治安に影響ある犯罪の人口比の犯罪率を調べなければならない。

-------------引用終了-------------------------------



これはなかなか面白い話です。やろうと思えば、統計を悪用して意図的に間違った結論を導き出すことも容易だと言えそうです。これは即ち、自分の意図するデータをいくらでも捏造できるということです。テレビの討論番組やネット上の議論でも、同じことを論じているはずなのに、意見が対立している双方の持ち出してくるデータの内容が全く正反対だったりすることは珍しくありません。これは、双方が自分にとって都合のいいデータのみを使っているということなのでしょう。

投資の世界でも、似たようなことは行われていると思います。一番代表的なのは、「日本人は株嫌いで預貯金好き」という話かもしれません。これは人々を投資へと誘うために使われます。また、株などのリスク資産のリターンをことさら強調するために、自社にとって都合のいい期間のデータ(つまり、特に利回りのよかった時期のデータ)を持ち出してくるというのも、よくあるパターンではないかと思います。

それにしても、こうした話を読んでいて気になるのは、Wikipediaにあるように「信頼できる統計データの収集はとても難しい」ということです。また、統計データそのものは正しくても、騙そうと思えば騙せるようですし、統計結果を勘違いすることもあるようです。こうなってくると、一体何を信用すればいいのかが正直分からなくなってきます。



ただ、「盲目的にデータを信用してはならない」ということだけは言えるかと思います。そのデータが本当に信頼できるのか、わからないからです。安易に信用せず、とりあえずは疑ってみるという姿勢は必要でしょう。まことしやかに語られていても、実際には事実と異なるというようなことは、探せばそれこそいくらでも見つかると思います。特に、マスコミによって作り出されたイメージには注意しなくてはなりません。




この話について、これ以上論ずるのは難しいので、ここで話題を変えます。
以前の記事で書いた話についての補足ですが、通説である「日本人は預貯金好きで投資嫌い」という話にしても、「実は日本人は株好きだった」という話にしても、そうしたことに踊らされるべきではないと思います。

日本人が預貯金好きであろうが、あるいは逆に株好き・投資好きであろうが、そんなことは各個人には直接には関係がありません。一個人レベルで考えるならば、そんなことはどっちだっていいのです。重要なのは、自分がどうすべきなのか、どうしたいのか、ということだけのはずです。

「人が投資をしているから自分も投資を始めよう」というのはおかしいですし、逆に、「みんな預貯金をしているから自分も預貯金だけでいいや」と思うのもおかしいと思います。「日本人は投資に対して消極的だから、自分だけは投資に対して積極的になろう」というのはもっとヘンです。人は人、自分は自分です。他人の言動や流行に流されるのは最悪だと思います。



本当に重要なのは、自分自身はどうしたいのか、そしてリスク許容度はどうなのか、ということを判断することのはずです。重要なのは、他人の言動に左右されないで、自分で判断する能力を培うことであり、そして、安易にデータを信じず、自分で考えるという姿勢を養うことだと思います。



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