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Author:masa
1972年生まれの某中小企業勤務の独身男性サラリーマン。貧乏人からお金持ちを目指して奮闘中。貯金は手堅く、投資はリスクを小さく、というのがモットー。
なお、当ブログの更新は原則として不定期です(月に数回程度の更新になると思います)。

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貯金生活。投資生活。
「節約なくして貯金なし」「貯金なくして投資なし」を座右の銘とする管理人がお金と社会について語るブログ
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今や単なるショールームと化した量販店を見て回って思ったこと
先日、私が約10年にわたって使用してきたCDプレーヤーの調子が悪くなってきたので買い換の方向で考えることになりました。アンプやスピーカーは何ともないので、CDプレーヤーのみの買い換えです。先日、いくつかの量販店を見て回りました。量販店というのは大変便利です。カタログを集めるのに便利ですし、何より、商品の現物を確認することができます。特にオーディオコンポのような機器の場合、実際に音を聞いてみないと購入の是非を判断できません。いかにネットで買い物ができるとはいえ、その意味では、量販店はなくてはならない存在です。

しかし、実際に量販店で買い物をするかというと、その答えはノーです。その理由は簡単で、一般の量販店は、あまりにも価格が高すぎるからです。カタログ集めと商品の現物確認はリアルショップで行い、実際の購入はネットショップで行うというのがもはや定番です。
私としては、量販店がなくなってしまっては困る側面があるので、多少の価格差ならば、少々高くとも、あえて量販店で買ってもいいとは思っているのですが、ネットショップの最安値店舗と比較すると、ほとんどの場合、その価格差があまりにも大きすぎるため、結局はネットショップで買うことが多いというのが実情です。無駄なお金を使いたくない以上、仕方がありません。

この傾向は、スマートフォンを使うようになってからさらに顕著になりました。スマートフォンがあれば、量販店で商品の現物を確認しながら、その場でネットショップの最安値や口コミ情報を調査するということができますし、やろうと思えば、その場で注文することすら可能。
これがネットショップ登場以前の時代であったなら、地元にあるいくつかの店を見て回って、その地域で一番安い店・あるいはサービスのいい店で買うというスタイルだったのが、今や日本で一番安い店を探して買うというのが当たり前です。最安値以外の店には価値はないという、まさに一強百弱という様相を呈しつつあります。

今回も、いくつかの量販店や専門店を見て回ったものの、結局のところ、ネットショップで購入することになりそうです。まあ仕方がありません。いつの頃からか、小さな量販店はどんどん姿を消していっていますが、量販店を始めとするリアル店舗が生き残る道は、年を追う毎に、ますます厳しいものになっていると思います。

とはいえ、他店では取り扱いの少ない商品を置いている店や、特に専門的な技術やサービスを求められる場合には、リアル店舗が生き残る道もあるかもしれません。
今回、オーディオ専門店もいくつか見て回ったのですが、何十万円もするアンプやスピーカー、CDプレーヤーといった高級オーディオ機器を中心に置いている店も見受けられました。オーディオ機器というのは、生活必需品でも何でもなく、完全に趣味の分野ですが、それだけに大金を払う人もいるということなのでしょう。こういった製品を買うような人たちなら、あるいはネットではなくリアル店舗での買い物に意義を見出すのかもしれません。

ちなみに、私が使ってきたのはONKYOのINTEC275というやつで、購入当時、アンプ・チューナー・CDプレイヤー、スピーカー、カセットデッキのセットで実売価格20万円もした代物。私の基準では、INTEC275でも音は素晴らしいし、十分過ぎるほど高級機種だと思っているのですが、何十万円もする単品コンポ製品が当たり前のように存在するオーディオ機器の分野では、単なるミニコンポ扱いというのが悲しいところ・・・。何しろ、オーディオ機器というのは、何十万円どころか、100万円クラス以上のものが当たり前のように存在するという世界。趣味の世界恐るべし。

・・・で、結局、買い換えの件はどうなったのかというと、一時は読み取りエラーを起こして全く動かなかったCDプレーヤーが再び何事もなかったように動作するようになったことから買い換えは無期限延期することに確定。完全に動かなくなるまで使い倒すことにします。やれやれ。

それにしても、今回いろんな店を見て回って思ったのは、やはり超大型店舗の品揃えの良さ。例えばヨドバシ梅田とか、商品ラインナップの豊富さはやはり素晴らしい。これといった特徴もなければ品揃えも悪い中小店舗が潰れるのも仕方がないというものです。


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テーマ:お金の勉強 - ジャンル:株式・投資・マネー

「ウォール街のランダムウォーカー」は必ずしもアクティブ投資を否定しているわけではない
今回は、バートン・マルキール著「ウォール街のランダムウォーカー」の中から、個別株投資で市場平均を超えるリターンを狙うためのヒントをみてみたいと思います。「ウォール街のランダムウォーカー」というと、そのイメージからインデックスファンド投資についてのみ書かれている本だと思われがちですが、実際は、いささか異なります。例えば本書の第14章「ウォール街に打ち勝つための三つのアプローチ」の中の二番目の項目として「手作り型の歩き方 有望銘柄の探し方」の冒頭部分に以下のように書かれています。
なお、私が持っているのは第8版なので、第8版より引用します。



「ウォール街のランダムウォーカー」第8版 p.437より引用
-------------引用開始-------------------------------
 インデックス・ファンド投資は、私が個人と機関投資家の両方に対して、最も強く勧めるアプローチである。しかし、「全く退屈なアプローチだ」と言う人が大勢いることも事実だ。多少とも山っ気のある人なら、少なくとも運用資産のある部分は、自分の足と自分の才覚で運用しておきたいと考えるのも、無理からぬことだ。こうした人たちには、次の「手作り型の歩き方」が参考になるだろう。
 幸か不幸か、生まれつき山っ気のある私には、投資家が自分で儲かりそうな銘柄を選びたいという衝動に駆られ、市場平均と同じリターンしか期待できないようなアプローチには関心がないという気持ちも、よく理解出来るつもりである。
-------------引用終了-------------------------------


上記引用文を読めばわかるように、本書は必ずしもインデックスファンドのみを肯定しているというわけではありません。
さらに、これ以降の部分に有望銘柄を探すためのヒントとなる文章がつらつらと書かれています。以下、本書から抜粋・編集してまとめてみたいと思います。



「ウォール街のランダムウォーカー」第8版より抜粋・編集
-------------抜粋・編集 開始-------------------------------
ルール1 少なくとも五年間は、一株当たり利益が平均を上回る成長を期待できる企業の株のみを購入すること。

・大変難しいことではあるが、一株当たり利益が成長する銘柄を選ぶのが、ゲームに勝つための最大のポイントである。
・持続的な成長だけが一株当たり利益、配当を増やし、市場での株価収益率の上昇も期待できる。利益が急増し始めた銘柄を運よく見つけた場合には、一株当たり利益と株価収益率の両方が同時に高まるという、二重の恩恵に浴する可能性がある。



ルール2 企業のファンダメンタル価値が正当化できる以上の値段を払って、株式を買ってはならない。

・株式のファンダメンタル価値を正確に予測することは決して出来ないと確信しているが、株式が妥当な価格帯にあるかどうかは、大体判定できると思っている。第一の基準は、市場平均株価収益率である。少なくとも、市場平均株価収益率と同じか、それをそんなに上回っていない銘柄を買うべきである。
・まだ市場が株価収益率の面で大幅なプレミアムを織り込んでいない成長株を探す。そういう銘柄の成長が現実のものになった時には、ルール1で述べたように、しばしば、二重の恩恵にあずかれる。
・すでに何年も先まで成長を織り込んでいて、株価収益率が非常に高くなっている銘柄には気をつけた方がいい。
・これは「低PER銘柄を買う」戦略に似ているが、同じではない。市場平均よりやや高い株価収益率の銘柄を買うことも、その銘柄の将来の期待成長率が市場平均を上回ってさえいれば、何の問題もない。言い換えれば、この戦略は相対的低PER戦略といってもよい。期待成長に比べて、株価収益率が相対的に低いと思われる銘柄を買うことである。



ルール3 近い将来、「砂上の楼閣」づくりが始まる土台となるような、確固たる成長見通しのある銘柄を購入するとよい。

・株価形成においては心理的要素も非常に重要である。その銘柄にまつわる成長物語が、他の投資家にアピールするようなものかどうかをじっくり検討する。成長株としてのストーリーが一般的に受け入れられない場合は、株価収益率が上がり始めるのに時間がかかるかもしれない。成功の鍵は、他の投資家がどっと押し寄せる数ヶ月前に、そういう銘柄を仕込むことにある。ぱっと広まるような夢が描けるストーリーだろうか。投資家が「砂上の楼閣」を築きたくなるようなストーリーだろうか。それも、しっかりした土台に裏付けられたものだろうか。十分に見極めて欲しい。



ルール4 なるべく取引回数は減らすべし。

・ウォール街の格言、「勝ち馬に乗り、負け犬は切り捨てろ」に賛成だが、それはテクニカル分析を信じているからではない。売り買いを頻繁に繰り返すのは、いたずらに証券会社を儲けさせ、値上がりしたときには税金を取られるだけで、何の得にもならない。
・「儲けの出ている銘柄を決して売るな」というつもりはない。その株式を買った時とは状況が変わっているかもしれないし、インターネットバブルが膨らんだ時のように、優良成長株でも過大評価されてしまう可能性がある。しかし、売り時を判断するのは非常に難しく、まかり間違えばしっかり税金で持って行かれる可能性がある。できる限り、取引回数は減らすべし。
・損切りすればすぐに節税できるのがわかっている場合には、値下がりしている銘柄をあまり我慢して持っていることはお勧めしない。
-------------抜粋・編集終了-------------------------------


以上のものは、あくまでも一部を引用・編集し、要点をまとめたものなので、原著のニュアンスが伝わったかどうかはわかりませんが、本書を読んだことのない人は、是非とも本書を読むことをお勧めします。現在はより新しい改訂版が出ています。

また、マルキール氏は、こうも書いています。


「ウォール街のランダムウォーカー」第8版 p.443より引用
-------------引用開始-------------------------------
また、ポートフォリオの中心部分はインデックス・ファンドで運用し、残りを個別銘柄に賭けるという混合スタイルをとってもいい。もし老後の備えの大部分が株式インデックスファンドや債券、不動産などに幅広く分散投資されていれば、安心して個別銘柄に賭けるリスクがとれるだろう。
-------------引用終了-------------------------------


これは、いわゆるコア・サテライト戦略といってよいでしょう。マルキール氏は、もう少し後のページで、以下のように述べています。



「ウォール街のランダムウォーカー」第8版 p.449より引用
-------------引用開始-------------------------------
もちろん、われわれも多くの機関投資家が採用しているように、資産のある部分はインデックス・ファンドで運用し、残りをもっと個別のファンドで運用することは十分理にかなっている。
-------------引用終了-------------------------------



以上、「ウォール街のランダムウォーカー」の中から一部を紹介しましたが、この本は、インデックスファンド投資家だけが読んでおけばいいというようなものではなく、個別銘柄投資家やアクティブファンド投資家など、他の投資スタイルをとっている人であっても読むだけの価値のある本だと思います。

「ウォール街のランダムウォーカー」は、インデックス・ファンド投資以外は認めていないという風に思い込んでいる人もいるかもしれませんが、それは大きな誤解だと思います。インデックス投資家が個別株やアクティブファンドを保有していても、なにもおかしくはないし、その逆もまた同様です。インデックス投資とアクティブ投資というのは、対立的に書かれることが多いですが、個人投資家の投資戦略としては、両者は共存できると思います。

ちなみに、この本はページ数が多くて非常に分厚いので、一見すると取っつきにくい印象を受けますが、その内容はユーモアに満ちた書き方が随所に見られ、投資本としてではなく、単なる読み物としても非常に面白い読み応えのある本だと思います。



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複雑な金融商品という名の、いかなる投資家のニーズも満たさない奇妙な商品
今回の元ネタは、日本証券業協会のサイトから。

金融商品や取引の特徴やリスク (日本証券業協会)

このサイトに、仕組み債、EB債(他社株転換可能債券)、日経平均リンク債、パワー・リバース・デュアルカレンシー債、ノックイン型投資信託、証券CFD(差金決済)といった金融商品の特徴やリスク説明が載っています。この中にはインデックスファンドのようなシンプルな金融商品は掲載されておらず、キワモノ商品ばかりという印象がありますが、これは恐らく、特にわかりにくい金融商品をピックアップして、顧客への注意喚起のために載せているのでしょう。
それはさておき、私はこの手の複雑な金融商品についての解説を読む度にいつも不思議に思うことがあります。


一体、どこの誰がこんな金融商品を欲しがるのだろうか?ということです。


思うに、これらの商品は、初心者向けのものではありません。なぜならば、初心者すなわち投資の知識を十分に持っていない人であれば、こういった複雑な金融商品の特性やリスクを理解出来ないと思われるからです。「自分に理解出来ない商品は買ってはいけない」という投資の大原則に従うなら、決して購入してはならない商品だといえます。
では、こうした複雑な金融商品は、上級者向けのものなのかというと、それも違うと思います。これらの商品の特徴やリスクを理解出来るだけの知識を持っている人であれば、こんな商品を買うことはないでしょう。その理由は簡単で、知識のある人なら、こうした複雑な金融商品は、投資家にとっては著しく不利な商品であることを理解できるはずだからです。こんな変な商品を買うくらいなら、もっとシンプルかつローコストな金融商品を購入し、自分でポートフォリオを組むはずです。

要するに、いわゆる複雑な金融商品というのは、リスクを理解できない人はリスクを理解できないがゆえに買ってはならない商品であり、逆にリスクを理解できる人はそのリスクや商品特性を理解できるがゆえに買わないということになります。顧客の視点から見る限り、どこにもニーズが存在しない商品だと思うわけです。こんな商品を欲しがる人はこの世のどこにも存在しないはずです。


しかし、現実には、誰かが買ってくれるからこんな商品を売っているのでしょう。では、一体どこの誰が買うのか。そして売り手側が想定している顧客層は一体どんな客なのか。考えられることは一つしかありません。

すなわち、その想定顧客は、金融や投資に無知な人であると考えられます。無知であるがゆえに商品特性やリスクを全く理解できない顧客が、自らの意志と判断で「これはいい商品だ」と誤認して購入してもらうことを狙いとした商品ではないのかということです。そうであるならば、これは顧客を欺くことを意図して設計・開発された商品だと言っても過言ではないでしょう。複雑な仕組みにしているのは、顧客が背負うリスクの実態をわかりにくくするためと思われます。

もし、これが真実だとするなら、実に奇妙で不思議な話です。何が不思議かと言えば、誰からも必要とされないはずの金融商品が堂々と売られていて、しかも商品特性を理解出来ない人が、最後まで理解しないまま買っていく。しかもこんな商品が次から次へと開発され、新たに販売される。こんなことは、金融商品の分野以外ではまずあり得ません。金融商品の世界というのは、実に奇妙な世界だと思います。この不思議さは、金融・証券業界ならではのものだといえるでしょう。

さらに付け加えるなら、この業界の特殊性として挙げられるのが、自己責任ルールだと思います。つまり、明らかに顧客側に不利な商品であっても、顧客の自己責任であるがゆえに、商品を売った側ではなく、むしろ商品を買った顧客側が責められるということです。「悪いのは、販売者側ではなく、商品内容を理解しないまま購入した顧客側の方だ」というわけです。これもまた、金融の世界ならではの独特なルールといえるでしょう。他の業界では、なかなか見られないことです。

投資の世界では、無知な人間は絶好のカモにされてしまいます。たとえ自分の買った金融商品が詐欺的商品であって、そのために損失を被ったとしても、それを販売者側の責任にはできません。この自己責任ルールがあるからこそ、この手の質の悪い金融商品が存在できるのかもしれません。

では、こういった商品の販売を規制すべきかといえば、そうは思いません。投資家保護と称して、無知で愚かな人を規制で守ろうとするのはあまり賛成できません。いくら規制を強化したところで、無知な人が賢くなることはありません。無知な人間は結局はカモになるだけです。顧客である投資家側にできることは、騙されないように、自らの知識を高めることだけです。




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投資は本質的にはギャンブルと同じであり、この両者を区別することに意味はない
当ブログでは「投資はギャンブルの一種である」と何度か書いてきました。今回はこの話について詳しく書いてみたいと思います。
投資はギャンブルと同じだというと、たいていの投資家は嫌な顔をして、ご丁寧にも投資とギャンブルの違いを説明してくれたりします。曰く、投資はギャンブルと違い、期待リターンがプラスであるとか、投資家は市場や企業に資金を提供するという重要な役割を果たしているとかなんとか。しかし、どう考えても、投資とギャンブルはその本質において大きな違いはありません。まずはギャンブルの定義について考えてみたいと思います。例えば、Wikipediaにはこうあります。


賭博(Wikipedia)
-------------引用開始-------------------------------

賭博(とばく、ギャンブル(Gamble)、博打、博奕、賭け事(かけごと))は、金銭や品物などの財物を賭けて偶然性の要素が含まれる勝負を行い、その勝負の結果によって賭けた財物のやりとりをおこなう行為の総称。

-------------引用終了-------------------------------


この項目の中にある「金銭や品物などの財物を賭けて偶然性の要素が含まれる勝負を行い、その勝負の結果によって賭けた財物のやりとりをおこなう行為」をギャンブルの定義とするならば、一般の株式投資なども立派なギャンブルであると考えるのが妥当です。投資家というのは、まさしくお金を賭けて、偶然性の要素が含まれる勝負を行っているのです。



確率のゲームを行っているという視点で捉えるならば、投資・投機・ギャンブルは皆同じです。どこにも違いはありません。



しかし、資産運用業界や投資家たちは、「投資とギャンブルは根本的に違うのだ」と主張します。その理由は簡単です。投資がギャンブルと同じでは都合が悪い人たちが、投資はギャンブルとは違うということを必死で主張したがるのです。なぜ、投資がギャンブル扱いされると都合が悪いのかというと、彼らは、「投資はギャンブルなどという低俗なものとは違う」と信じ込みたいからです。

また、投資と投機の違いとして、短期売買は投機で長期のものは投資と区分されることもありますが、ここでも大きな問題が生じます。どこまでが短期でどこからが長期なのか?その境界線は一体どこにあるのか?という問題です。もし、投資と投機が全く異なるというのであれば、どこかで明確な線引きができるはずです。しかし、言うまでもなく、短期と長期の区別は主観的なもので、投資家によってその定義は異なるでしょう。ゆえに明確な定義付けは困難です。一つはっきりといえることがあるとすれば、誰もが皆、「自分が行っているのは投機でもなければギャンブルでもなく、投資である」と思い込みたがっているということです。同様に、レバレッジを効かせた信用取引の類は投機だと言われることがありますが、これも信用取引を日常的に行っている人の目からすれば、投機やギャンブルではなく投資だという認識を持っていることでしょう。


投資・投機・ギャンブルと、呼び方は様々ですが、その目的は共通で、お金を儲けたいという点にあります。そしてその手段も同じで、お金を賭けて、偶然性の要素が含まれる確率のゲームを行っているわけです。これらの点に関する限り、投資・投機・ギャンブルに大きな違いはありません。違いがあるとすれば、各個人がそれを投資と呼ぶ、投機と呼ぶか、ギャンブルと呼ぶかということだけです。つまり、各自の主観的な判断によって呼び方が異なるだけなのです。

ただし、株式投資家の名誉のために書いておくならば、少なくとも、株式投資はパチンコや宝くじ、競馬といった一般のギャンブルよりは期待リターンが高いというのは確かなことです。ゆえに、株式投資は、あらゆるギャンブルの中で、最も有利なギャンブルであるとはいえるでしょう。

今回の話をまとめると、以下のようになります。



投資は確率のゲームであり、その点においてはギャンブルと変わらない。しかし、株式投資は、期待リターンという視点で見る限り、パチンコや競馬、宝くじの類に比べれば、はるかに有利なギャンブルであるといえる。



それからもう一点。
投資とギャンブルの区分としてよく用いられるのが、期待リターンがプラスのものが投資で、マイナスのものがギャンブルという分け方です。しかし、この区別こそが、「投資は期待リターンがプラスだから必ず儲かるはずだ」という妙な誤解を生んでいるのだとも考えられます。
無理に投資とギャンブルの違いを説明するよりも投資とギャンブルは同じだと説明する方が、よほどシンプルでわかりやすいと思います。


最後に、参考サイトとして、Wikipedia及び海外投資を楽しむ会のサイト内の記事へのリンクを貼った上で、一部を引用して今回の記事を終了します。


投機(Wikipedia)

-------------引用開始-------------------------------

一般には、「投機」と言う言葉は投資と対義語のように扱われ、否定的に語られる(たとえば債券関係の格付けで、元本が返済されないリスクが高い=金利の高いものを「投機的」レベルという)。

しかし投機は投資という行為の一形態であり、両者を分けるのは主にその言語を使う者の主観によることが多い。たとえ「投機的」なものであっても、市場(マーケット)においては流動性を高める働きや、広義のリスクヘッジの機会を提供するものである。一方で銀行による資金の供給が、ことに株券や土地を担保とした場合、時に投機資金に流用されバブルなどの市場混乱を引き起こす場合もある。

-------------引用終了-------------------------------



株式投資はギャンブルであり、それでなんの問題もない(AIC:海外投資を楽しむ会)

-------------引用開始-------------------------------

株式の売買が確率のゲームでなければ、そこに何らかの必然性が働いていることになります。しかし株価の変動が、物理学における物体の自由落下のようなある種の自然法則に支配されているならば、そもそも資本主義や株式市場が成立するはずはありません(これはいわば、国家が商品の値段や企業の価値を決める社会主義の世界です)。

一方、ギャンブルというのは、確率のゲームにお金を賭けることです。「あらかじめ結果 がわかっているギャンブル」というのは自己矛盾ですから、これまた当たり前の話です(イカサマは別 です)。

するとここから、次のようなシンプルかつ明解な三段論法が導き出されます。

株式投資は確率のゲームである。
ギャンブルとは、確率のゲームにお金を賭けることである。
株式投資はギャンブルである。

現代投資理論の最高峰であるモダンポートフォリオ理論を生み出した何人ものノーベル経済学賞受賞者たちはこぞって株価の予測不可能性を証明し、「将来の株価は確率論的にしか語ることができない」と結論づけました。こう書くとなんだか難しそうですが、要するに彼らもまた、「株はギャンブルだ」と述べているわけです。ところが、ただの一人もノーベル経済学賞受賞者を出したことのない日本には、彼らよりも頭のいい人がいっぱいいるらしく、いまだに株式投資がお金を賭けた確率のゲーム、すなわちギャンブルであることを認めようとしません。

-------------引用終了-------------------------------




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