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Author:masa
1972年生まれの某中小企業勤務の独身男性サラリーマン。貧乏人からお金持ちを目指して奮闘中。貯金は手堅く、投資はリスクを小さく、というのがモットー。
なお、当ブログの更新は原則として不定期です(月に数回程度の更新になると思います)。

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「節約なくして貯金なし」「貯金なくして投資なし」を座右の銘とする管理人がお金と社会について語るブログ
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ワーキングプアは決して他人事ではない(2)
今回の記事は、以前に書いた記事の続編です。
前回の記事はこちら。

ワーキングプアは決して他人事ではない


私が低収入の非正規雇用という問題や、ワーキングプア問題を考えるとき、いつも思うことがあります。それは、「正社員と非正規雇用の間に能力的な差はあるのだろうか?自分自身とワーキングプアと呼ばれる方々の違いはどこにあるのだろう?」ということです。その答えは、



正社員も非正規雇用も本質的な能力には差はない。違うのは、ただ就職活動をした時期やタイミングの問題だけでしかない。すなわち、運がよかったか悪かったかの違いである



ということです。私自身、派遣会社から派遣されてきた人や、契約社員の方々と一緒に仕事をしてきましたが、正社員よりも能力が劣ることなどありませんでした。どちらかといえば、むしろ正社員の方が明らかに能力が劣ることが多かったようにすら思います。
この違いがどこからきているのかというと、私が思うに、正社員の場合、「自分たちは正社員だからよほどのことがない限りクビにはならない」とたかをくくっているのに対して、非正規雇用の方の場合、「自分は正社員ではないから、いつ契約を切られて仕事を失うか分からない」ということで、常に緊張感を持って仕事をしているという点が大きいのではないかと思います(これは人によって、あるいは会社によっても違うとは思いますが・・・)。

こう考えたとき、私はふと思いました。正社員というのは、ある種の”特権階級”のようなものなのだろうか?と。特権階級という表現はもしかしたら不適切かもしれません。しかし、本質的な能力は同じで、仕事内容も同じ。にもかかわらず賃金・契約期間を始めとして労働条件は全く違い、明らかに非正規雇用の方が圧倒的に不利になっています。実際、人員削減をするときも、その条件の悪さゆえに、契約を切られるのはいつも非正規雇用の方々なのです。
明らかに無能な正社員が会社に居残り、優秀な非正規雇用の方が契約を切られるというのを実際に見てきた私としては、なんとも理不尽なことだと思わざるを得ません。これが特権階級でないとしたら一体なんなのでしょうか?
そして今ひとつ思うことは、正社員の立場からみれば、「非正規雇用の様々な問題など、しょせんは他人事でしかない」という見方をしている人が多い、ということです。「自分たち正社員には関係がない」ということなのでしょうか。




しかし、私はあくまでもこう考えます。非正規雇用を巡る様々な問題、そしてワーキングプア問題は決して他人事ではない、と・・・。




この非正規雇用の流れが今後も続き、さらにそれが加速するとしたら、恐るべき事態が現出するのではないかと思います。もし、私が「極限まで経済的合理性を追求する経営者」だったとしたら、私はこんな企業組織を考えるでしょう。すなわち・・・

経営陣と上級管理職及び高度なスキルを持つ専門職などのごく一部のエリート従業員のみを正社員とし、他の全ての従業員を短期契約・低賃金の非正規雇用従業員とする

というものです。こういうシステムにすれば、企業経営者という立場の人にとっては大きなメリットがあることでしょう。景気の動向に合わせて、従業員(当然、非正規雇用)を増やしたり減らしたりすることが今よりもはるかに容易になり、人件費の大半を変動費にできるからです。もっとも、こんな組織にすれば、優秀な人材がやめてしまう恐れがあるので、それに対する対策も必要です。そのために、ごく一部の優秀な従業員のみを、正社員という”労働者の中の特権階級”にし、手厚く優遇するなどの策をとることにするでしょう。
もし、こうした組織を作るに当たって、現在の法律に問題があったらどうするか?それとてたいした問題にはならないかもしれません。業界団体や、経済団体を通じて政治家に働きかけて法律そのものを変えてしまえばよいのです。
ついでに、サービス残業も合法化できればさらに経営効率はよくなります。従業員の解雇もより容易にすべく法律を”改正”するように政治家を動かすことができれば、経営者にとってはさらに”変化に合わせた柔軟な会社経営”ができるようになります。
これは経営者にとっては天国のような、そして労働者にとってはまさに地獄のようなシステムです。



・・・もちろん、こうしたことは単なる私の想像です。しかし、合理的な経営スタイルを目指す経営者なら、究極の企業組織としてこんなシステムを考えるかもしれません。その先に待っているのは、労働者にとっては悪夢のような日々でしょう。労働者のほとんどが貧困に苦しみ、一部の上級幹部のみが優雅な暮らしを満喫する世界。事実上の階級制度です。


私はこんな世界になって欲しくはありません。我々は、非正規雇用問題や、ワーキングプア問題にもっと関心を持ち、真剣に考える必要があると思います。ワーキングプア問題は決して他人事ではないのだという意識を持つべきです。


ところで、私としては、政治家の方々にぜひとも「ワーキングプア研修」をしてもらいたいといつも思っています。物事というものは、上から見下ろしているだけでは見えてこないことが多々あるからです。ネットカフェ暮らしをし、日雇い労働を体験することで、この国が抱えている病巣が見えてくるかもしれません。費用もかからないし、日本の現状を知る上で、最高の視察であり研修になると思うのですけどねぇ。
・・・まあ、これは非現実的だとしても、政治家の方々には、少なくとも早急に対策をとっていただきたいものだとつくづく思います。

この問題を放置することは、将来の日本にとっても大きなマイナスになると思うからです。
そして最後にこれだけは書いておきます。



ワーキングプアは決して自己責任ではない、ということです。




テーマ:お金の勉強 - ジャンル:株式・投資・マネー

この記事に対するコメント

まさにそのとおりだと思います。

さて運不運といえば、これは労働以外にも投資の世界にも言えることだと思っています。サブプライム問題が発生する数年前から投資した人と、サブプライム前後、特に今年に入ってから投資した人では、その効率がまったくといっていいほど違います。ただ、投資の準備ができた時期が、その時期だったということだけです。
なまじ、努力に関係ないだけ投資の世界のほうが運に左右されるような気がします。といっても、最低限の金融知識を深める努力は必要だとは思いますが。

masaさんの最後に「ワーキングプアは決して自己責任ではない」と述べられていますが、私としては半分そのとおり、半分は少し違うのではないかと思っています。境遇に甘んじることなく勉強やスキル習得に勤しんでいる方々は、何も考えずに日々働いている人よりは、ワーキングプア縁遠いのではないかと思います。運不運があるにせよ、少ない運を物にできる可能性が高くなるのではないかと思っているからです。まぁ、そんなに簡単な話ではないとは思いますが・・・。
【2008/12/16 01:46】 URL | 煙々 #RaJW5m0Q [ 編集]


横から失礼します。私は30代後半で非正規雇用であり、年収も300万円以下のワーキングプアです。それを前提に申し上げますが、「ワーキングプアは決して自己責任ではない」という見方には、賛同できません。まず、世の中は運、不運により左右されているのは厳然たる事実であり、また絶対平等がありえない不公平な境遇にあるのが現実です。運、不運や不平等は、なにもここ十年の問題ではなく、おそらく日本国の開闢以来、延々と続いてきました。ここ十年で、急激に「運、不運」「不平等」が顕著になったとは考えません。

正社員にしろ非正規雇用にしろ、まず第一に考えているのは「自分の生活を守る」ことです。ホワイトカラーの生産性の悪さや高すぎる賃金も問題になっていますが、会社の経営トップも労働組合も、「自分の生活を守る」ことを最優先に思考しています。そもそも資本主義とは、そのように数多くの「生活を守る」「金儲けをしたい」という人間で構成されることで成り立っています。日本の経済システムが、実態的には資本主義より国家社会主義に近いという議論もありますが、現実に大企業でも倒産します。そもそも非正規雇用は、「首にしやすい」「安い賃金で使いたい」という前提になりたっています。それがなくなり、「すべてを正社員にしろ」と強制することは、資本主義の原則を葬って共産主義になることを意味します。極論ではなく、そうなったら資源がない日本の国際的競争力がさらに低下し、日本人の生活環境はさらに悪化すると考えられます。

私は、「非正規雇用は可哀想」「彼らは運が悪かっただけ」「国や行政が救わなければならない」「特権階級の正社員はケシカラン」という議論では、何の解決も導かないと思っています。また、運、不運も含めて、自分の生活、賃金は理由はどうあれ最終的に自己責任に帰結するような世の中であり続けるべきで、今以上に厳しく「自己責任」の原則が適用されるべきだと思います。従って、無理矢理に非正規雇用を正社員に登用するのではなく(非正規雇用者に有能な者もいるが、無能な人間もたくさんもいます)、単に「正社員」「非正規雇用」の境界を低くするのが適切だと考えます。

具体的には、20代でも40代でも、正社員になるチャンスも非正規雇用として自由に働く選択肢もいくらでも用意することです。会社側としては、景気が良ければ正社員を増やし、不景気になれば無能で高給な人間をバサバサと切り捨てて非正規雇用者を活用するということが可能になります。正社員も生産性が下がれば(会社に儲けさせることが出来なれば)淘汰され、非正規雇用の人間も生産性が上がればそれに応じて非正規雇用のままでも賃金が増えるような仕組みにすることです。誰かに責任をおしつけて、「俺は悪くない」という発想の人間が正社員にも非正規雇用者にも増加させることは、日本を今以上の危機に陥れると思います。
【2008/12/16 05:01】 URL | おれ #CqgxPpi. [ 編集]

ワーキングプアは
この問題は自己責任でもあり、また運でもあります。
両方の側面を必ず持ち合わせているのでどちらかに限定して必要はないです。
 ただ今現在、正社員でもかなりの確立で非正規、ワーキングプアになる可能性は高いので、あまり自己責任、自己責任と言わないほうが無難でしょうね。
 なぜかといえば、日本企業は今までは米国に、とにかく米国に買ってもらえばいいという経営をしてきたために、米国がこけてしまっただけで、国内労働者の分配を減らしてしまったがゆえにこんなにひどい状況になっているわけです。そして今後米国が立ち直ることがあったとしても、以前のように大量に商品を買うようになることは考えられないからです。もうすでに米国民の消費から貯蓄への切り替えが変わっています。おそらくここで日本の企業は派遣を切って、さらに正社員を派遣に追い込んで生き残っていくでしょう。
 今までの日本企業のやりかたから見て必要なビジネスモデルの転換(外需依存型からの転換)はしないものと考えられます。他にやり方知りませんから。
 この不況は、特に外需依存型の企業にとっては長いものになります。内需重視でやってきた企業、セクターはそれなりに立ち直ってきます。それゆえ、今正社員の方でもあまり派遣の人や期間工の人に対して自己責任といわない方がよろしいかと思われます。明日のわが身なのですから。
【2008/12/16 06:56】 URL | もの #JalddpaA [ 編集]


>日本企業は今までは米国に、とにかく米国に買ってもらえばいいという経営をしてきた

私は、このような勘違いというか、思い込みは正されるべきだと思っています。一部の自動車メーカーと御用エコノミスト、不勉強な社会科教科書の執筆者や編集者などが、おそろしいまでの間違いを日本社会全体に流布した結果でしょう。多くの日本人が、「日本は輸出立国」と信じきっているようですが、大間違いです。

日本のGDPのうち輸出の占める割合は10パーセント程度です。高度経済成長期ですら、15%を切っていました。一方、中国は2000年代にGDPの輸出依存度が20%を超え、近年は40%に迫っていました。事ほど左様に、1970年代の日本の高度経済成長と、2000年代の中国の経済成長とは、似て非なるものです。日本は、先進国の中では貿易依存度が非常に低く、このために世界経済の振幅にそれほど大きく左右されず、内需によって国民経済を支えてきたのです。
【2008/12/16 10:10】 URL | おれ #PTZ9ZBlo [ 編集]


> 運、不運も含めて、自分の生活、賃金は理由はどうあれ最終的に自己責任に帰結するような世の中で
> あり続けるべきで、今以上に厳しく「自己責任」の原則が適用されるべきだと思います。従って、無理矢理
> に非正規雇用を正社員に登用するのではなく(非正規雇用者に有能な者もいるが、無能な人間もたくさん
> もいます)、単に「正社員」「非正規雇用」の境界を低くするのが適切だと考えます。

おれさんの意見に、全面的に賛同いたします。

まったくその通りだと思います。
ところで、本当に非正規雇用なのですか?
もし、私が経営者だったら、即採用したいくらいです。

【2008/12/16 21:26】 URL | ひろん #- [ 編集]


んんー、
経済のことは良くわかんないんだけど、GDPって、生産高のことではないんかなぁ。
会社で言えば、売上高。

たとえ、GDPが何兆円あっても、赤字だったら意味ないわけで。
貿易に関しては、輸出額ではなく、経常収支(=黒字額)で、見なくちゃだめなんじゃないのかなぁ?
日本の農業なんか、いくら作物作っても、黒字は大したことない感じがするし。
良くわかんないんだけど。
【2008/12/18 00:13】 URL | 元町愛 #195Lvy4Y [ 編集]


話題がそれていた・・・。

わたしは、おれさんの意見に、反対ですねぇ。

中学生のとき、教科書で見たことあるでしょ、イギリス産業革命時の労働者の風刺画。
子供が、現場監督にバラ鞭で追い立てられて、働かされてるの図。
資本主義社会の自己責任を追求すると、ああなるわけですよ。

資本家は強欲ですからねぇ。
無秩序にすると、賃金ゼロで働かされる労働者なんて、本当に出てきます。
(ご飯と寝床を提供するだけとか)

それを、防ぐために、労働法とか監督署とかがあるわけです。
最低賃金が、保証されているわけです。
資本主義なんていったって、労働者を酷使しないための規則がある以上、社会主義と変わらない。
わたしは、社会主義、労働者保護主義、いいと思いますよ。
冨は分配しないと。-> 働かない人にもある程度は。
国民の大半が貧困ですさんだら、住んでられないでしょ、金持ちも。

今回は、非正規雇用を、工場労働者にまで、範囲拡大したのが、そもそもの政策の間違えだとおもいますねぇ。
【2008/12/18 00:53】 URL | 元町愛 #195Lvy4Y [ 編集]

はじめまして。
はじめまして。高校生の娘をもつ母親です。
masaさんの記事、いつもうなずきながら読ませていただいてます。

本日のテーマはまさに今一番の問題で、前回の記事とともにそう、そうなの!!
と叫びながら読んでしまいました。(笑)

またコメントをされる皆様のお考えも鋭く、う~んさすがにビジネスの現場の男性の意見は厳しいなあと思いました。でもね、自己責任論では世の中成り立たなくなると思いますよ。
一部の経営者だけが儲かり、一般の人間が非情な競争社会にさらされ続けると購買力がなくなります。景気は永遠に回復しなくなります。

いや、購買力だけでなく、生命力もなくなります。サイレントテロってそういうこともあるんじゃないかしら。とにかく娘の将来が心配です。バランスのとれた世の中になってほしいです。
【2008/12/18 16:42】 URL | まりこ #- [ 編集]


ひろんさん
私は24歳の時からレッキとした非正規雇用です。正規採用のお誘い、誠にありがたく存じます。ただし売れない作家ですので、もう少し夢を追いたいと思ってます(笑)。

元町愛さん
恐縮ですが、何を主張したいのか意味が分かりません。
【2008/12/18 19:38】 URL | おれ #ZqWgh7N2 [ 編集]


「おれ」様の意見に全面的に賛成します。
現在の日本ではもっと自己責任を追求するべき状況にあると考えます。

例えば学歴を例に挙げてみます。
「小学校から高校、大学に至るまで連綿と十数年間、学業などで優秀な成績を取り続けた」という「努力とその成果」も一つの評価されるべき指標だと思います。その成績を根拠に「自己責任」を追及されるのも正しいあり方だと思います。

それに対し「社会に出てからは学歴は関係ない。きちんと仕事ができるかどうかが問題なのだ」などと学歴批判する人がときどきいます。では何をもって他に人を客観的に評価できる簡単な指標があるというのでしょうか。学歴も自らの人生(生きざま)に対する一つの「自己責任」ではないでしょうか。

高学歴ワーキングプアについては、学歴を直接収入に結びつける能力が欠如していたということであって(もちろん不運も重なったでしょうが)、学歴と収入が比例しないことを証明することにはなりません。(大まかにみれば学歴と収入は比例すると思いますし、そうある現在の日本社会は比較的まともであると思います)

なおここでは学歴を「与えられた課題を適切に短時間で効率よく遂行する能力、(そして発展的には)自ら課題を設定し解決に導く手法の習得、あるいは学業試験での偏差値が高いこと」と定義しています。

ちなみに私自身はどちらかというと落ちこぼれでしたので高学歴ではありません。(ので収入もさほどではありません)
【2008/12/18 21:05】 URL | ノスケ #- [ 編集]


> 私は24歳の時からレッキとした非正規雇用です。正規採用のお誘い、誠にありがたく存じます。
> ただし売れない作家ですので、もう少し夢を追いたいと思ってます(笑)。

なるほど。作家でしたか。

私は、小さい頃から読書が好きだったので、その人が書いた文章(ブログのコメントなど)を読めば、
ほぼ、その人のオツムの程度が推測できます。ちなみに、私がmasaさんのブログにコメントを書き散ら
しているのは、世間的な評価はどうあれ、私は、masaさんの "賢さ" を評価しているからです。

私は、おれさん文章を読んで、"こいつ、ただ者ではないな"、と思いました(笑)

わたくしから言うのもなんですが、おれさんは自分の能力に自信を持っていいんじゃないでしょうか。
私は、おれさんが主張されていることは、正しいと思います。
【2008/12/18 21:38】 URL | ひろん #- [ 編集]


人類が長年にわたって悩んできた問題なので、簡単に答えはでないのでしょうが、「正社員と非正規雇用の間に能力的な差はあるのだろうか?自分自身とワーキングプアと呼ばれる方々の違いはどこにあるのだろう?」というmasaさんの問いかけに対する明確な答えがないように思います。

もし、待遇の差を正当化するほどの差がなく、外的な介入なしにその差が是正されないとすれば、それ自体、資本主義の限界を意味していることになるはずです。資本主義は能力・結果に応じた差別は肯定しますが、逆にいうと、能力・結果が同じであれば差別的な待遇をしてはいけないことを意味すると考えられるからです。

資本主義に限界があり、資本主義を正しく機能させるために外的な介入が必要であるとすると、真っ先に行わなければならないのは、不公正な条件の是正のはずです。何をもって不公正というかという基準が人によって異なることは確かですが、正社員と派遣社員の例でいうと、前者が後者より優遇される理由は、「先に生まれた」という事実以外にないですので、是正されるべき不公正な条件であることは間違いないと思います。

自己責任論というのは資本主義的な考え方ですが、不公正な条件の是正(条件の平等)こそ資本主義の根幹を成すと考えるべきで、それが自己責任論を主張するための前提になるはずです。

不公正な条件の是正なしに、自己責任論に飛躍してしまうと、「現状こそ正しいのであり、従って、労働者の多くはワーキングプア層の収入になるべきだ」という結論になってしまうというのが、masaさんの問題提起だと思います。

自由業(私も自由業ですが)の方は別にして、自己責任論を主張する給与所得者は、労働基準法廃止論を唱えるのが理論的に一貫していると思いますが、そこまでの覚悟はおありなのでしょうか?

自己責任論が誤っているというより、思考の段階を1つ飛ばしているという方が正確であると思います。自己責任論を声高に叫んでいた小泉が自分の息子に地盤を譲ることを見過ごしてはいけないでしょう。ここを見過ごすと、弱者自己責任論になってしまうように思います。


【2008/12/18 21:57】 URL | PALCOM #- [ 編集]


私は経営者です。
経営者側からの意見を述べます。

お荷物になっている正社員は解雇したいのはやまやまですが、労働法の制約上思うに任せません。
他方、非正規社員で有能な方は正社員になってもらいたいのですが、経営環境が厳しい時は、なかなかそうもできません。

結果、雇用調整をせざるを得ない時は、泣く泣く、有能な非正規社員から、雇い止めをすることとなります。

こういう仕組みどうにかならないのかなあ、というのは経営サイドからも切実なのです。
【2008/12/18 23:51】 URL | 匿名希望 #- [ 編集]


>恐縮ですが、何を主張したいのか意味が分かりません。

ん、だからね、日本の根幹である、生産現場に非正規社員を認めてはいけないということですよ。
(非正規雇用が、建築現場以外に解禁されたのっていつごろでしたっけ?)

「単に「正社員」「非正規雇用」の境界を低くするのが適切」だと、思うのなら、正社員・正規雇用を撤廃すればいいわけでしょ。
労働者みんな、非正規雇用。

国民みんな、失業保険も労働基準法もなし。
自己責任だもの、牛馬並みの待遇と労働を強要されても、理不尽な理由で解雇されて収入がなくなっても、自分で何とかしろ。

国際競争力上がりますよ、確実に。

私が言いたいことは、「非正規雇用・非正規社員なんて、認めちゃいけない、存在しちゃいけない」ってことです。

わたしは、共産主義いいと思います。
共産主義=旧ソビエト連邦 の印象があるからいけないだけです。
情報公開と、言論の自由が確保されていなかったから、旧ソ連は悲惨だっただけです。
「民主主義の下の」、共産主義がこれからの社会には必要だと思います。

PS:
ただ、私が本当に議論・反論したいのは、
>多くの日本人が、「日本は輸出立国」と信じきっているようですが、大間違いです。
という部分なんだけど。
本題からそれるので、残念です。
【2008/12/19 01:01】 URL | 元町愛 #195Lvy4Y [ 編集]


ひろんさん
ありがとうございます。出版不況などと言われるご時世ですが、もう少し頑張りたいと思います。出版業界は、「活字離れ」などと本を売れない理由を読者に責任転嫁していますが、実は出版界の人間(作家、編集者)が無能だから、金を払ってでも買いたい本が存在せず、そのために出版社が経営危機に陥っているという事実を知るべきだと思っています。

PALCOMさん
ご承知とは思いますが、私は単に「弱者責任論」を主張しているのではなく、正社員も今まで以上に成果、能力主義にして、解雇を含めた待遇の改善(この場合の改善は、給料を減らすことです)をすべきだと主張しています。

元町愛さん
申し訳ありませんが、何を主張したいのかますます意味不明です。資本主義に欠陥があるからといって、それを改善することをせずに共産主義を提唱するのは、非常に愚かで青臭い思考停止だと思います。共産主義は、資本主義を短い時間で呆気なく崩壊しています。格差是正や機会均等を無駄に突き詰めることは、「すべての人を豊かにする」のではなく、残念ながら「すべての人を貧乏にして、特権階級だけを豊かにする」という結果になるのは、共産主義の実験国が立証済みです。自分より豊かな人間を見たとき、「俺もあいつと同じくらいリッチ(幸福)なってやる」という感情が正常な繁栄をもたらし、「あいつを俺と同じように貧乏(不幸)にしてやる」という感情からは、せいぜい犯罪しか生まれません。また、反論したいのであれば、「反証」が必要です。日本を「輸出立国」と主張したいのであれば、その論拠を示すべきです。
【2008/12/19 21:23】 URL | おれ #N0KIsod2 [ 編集]

管理人からのコメント
今回はコメント数があまりに多いため一部のコメントに対してのみ個別レス+記事の補足という形でコメントを書くことにします。

今回の記事に関しては、当ブログがあくまでも自己責任における資産形成をテーマとしている性質上、否定的な意見が多いのではないかと考えていましたが、やはり予想通りでした。

しかし、どうやら私の頭はほとほと悪いようです。なぜワーキングプア問題が自己責任になるのかが全く理解できないからです。そんなわけで、理解力に乏しい当ブログ管理人の記事補足を始めます。なお、今回は、まとまりにかける文章になってしまいました。これは内容が多岐に渡るためなのですが、私の拙い文章力ではこれが限界ですのでご容赦願います。

まずは一部の方への個別レスです。

>>PALCOMさん

さすがにPALCOMさんらしい素晴らしいコメントです。パーフェクトな回答ですね。

>自己責任論を主張する給与所得者は、労働基準法廃止論を
>唱えるのが理論的に一貫していると思いますが、
>そこまでの覚悟はおありなのでしょうか?

この点、まさしくその通りです。自分自身は安全なシェルター(労働法)の中にいて、その保護の外にある人に対してだけ自己責任を求めるというのはおかしいですし、卑怯な考え方だと思います。



>>匿名希望さん

>結果、雇用調整をせざるを得ない時は、泣く泣く、
>有能な非正規社員から、雇い止めをすることとなります。

これは非常に辛い決断ですね。実は私自身も、自分の下で働いてもらっていた非正規雇用の方を切らざるを得ない立場に立ったことがあります。とはいえ私自身は平社員であり、当然のことながら決定権はなく、泣く泣くその方の雇用契約を切ることに同意せざるを得ませんでした。机を並べて一緒に仕事をしてきた方で、それも非常に有能であったにも関わらず、非正規雇用であるという理由で切られてしまうのは、なんと理不尽なことだろうと思ったしだいです。


>>まりこさん

>とにかく娘の将来が心配です。
>バランスのとれた世の中になってほしいです。

確かに今の世の中はバランスが狂っているように思えます。次の世代の方々が安心して生活できる世の中にしたいものですね。自己責任論だけでは何も解決しないのは間違いのないことでしょう。


----------------------------------

さて、私は基本的に自己責任論者であります。ただし、ここにはいくつかの前提があります。
その前提とは、「努力したり、工夫したりする余地があるかどうか」ということです。努力や工夫の余地があるにもかかわらず、それを怠ったのであれば、確かにそれは自己責任に帰結する問題だろうと思います。要するに、当人の落ち度があるかどうか、自業自得かどうかというのが私の判断規準です。

しかし、少なくとも私がこれまでに読んできた文献、そして何より実際に自分が知っているごく少数の事例では、自己責任と呼べるようなものでは到底ありませんでした。この点については、まずは専門文献を読むのが一番手っ取り早いのですが、さしあたっては参考URLを示すにとどめます。


http://www1.odn.ne.jp/kamiya-ta/workingpoor.html

http://www1.odn.ne.jp/kamiya-ta/workingpoor3.html


ここで明確に書いておかなければなりませんが、私は全てのワーキングプアについて自己責任ではないと言う気はありません。その意味において、記事本文の表現は不適切であったかもしれません。しかし、どう考えても自己責任とは言えないケースが多々見受けられるのは間違いのない事実です。


また、この問題を考える上においては、まず「自己責任」という前提を外して考える必要があると考えています。そうでなければ、解決への道はないと思うからです。「自己責任だから個人の問題だ」という話になり、物事が前に進みません。

ちなみに、私自身は、中小企業で働いており、現在の年収は300万円ちょっと(手取りベース)で、また正社員であるため、ワーキングプアではありません(※年収額を確認の上、当初コメントから修正しました)。今後収入が大きく伸びる見通しは全くありませんが、私自身についてはどう考えているのかというと、これは間違いなく自己責任だと考えています。なぜなら私は昔から大の勉強嫌い・努力嫌いであり、それゆえに何らかの努力を何一つとしておこなってこなかったためです。今の私の待遇は身分相応・・・いや、むしろワーキングプアの方々の苦労と苦悩を思うと、あまりにも恵まれすぎているではないかと罪悪感すら感じます。



投資の世界においても運不運の問題がありますが、投資と労働とは本質的に異なると感じています。なぜならば投資においては、少なくともリスクに関しては投資家本人がきっちりと管理できるからです。無茶な投資をして破産に追い込まれる人もいますが、私はそれについては全く同情する気にはなりません。自分で考え、自分で決断し、自分で行動しているのですから、これはまさに自己責任と呼ぶにふさわしいと言えます。それともう一つ、投資の場合は、極めて公平だと感じます。個人投資家も機関投資家も同じルール、同じ土俵の上で投資をしていると思うからです。
それに対して、経営者・労働者間の場合、労働者側には就業規則などのルールを厳密に守ることを当然のこととしているのに対して、経営者側は労働基準法を始めとする労働関係の法律違反は当たり前になっています。まるで「雇用・労働に関する法律を破るのは当たり前。遵守するような経営者はバカだ」とでも言わんばかりです。ここにコンプライアンス(法令遵守)という概念はどこにも感じられません。この状態はすでにまともとは思えません。

境遇に甘んじることなく勉強やスキル習得に勤むという点についてですが、私がこれまでに調べてきた限り、それができるだけの経済的余裕があるというのは、その時点でかなり恵まれている方だと思います。問題なのは、それだけの余裕すらない人がいるという現実です。


私が言いたいのは別に格差をなくせということではありません(結果としての格差があるのは当たり前の話だからです)。正規雇用・非正規雇用にかかわらず、雇われ従業員というのは、基本的には生活給です。つまりなんとか生活できるだけのお金を稼げるというのが大前提のはずです。問題なのは、その稼げるお金というのが、必要最低限の生活すらできない状態になっているということです。格差そのものが問題なのではなく、生活ができるだけのお金すらもらえないことが問題だと思うわけです。
それに、今の企業というものはただ利益を追求すればいいというものではありません。CSR(企業の社会的責任)というものがあります。

「企業の社会的責任」(出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BC%81%E6%A5%AD%E3%81%AE%E7%A4%BE%E4%BC%9A%E7%9A%84%E8%B2%AC%E4%BB%BB

また、行きすぎた資本主義・市場経済は弊害を生みます。だからこそ、その弊害を抑える必要があります。これは労働問題だけの話ではなく、市場の独占による弊害・環境破壊など多岐に渡るかと思います。当然のことながら、私は共産主義・社会主義には反対です。ただ、資本主義・市場経済といえど万能ではないのですから、純然たる資本主義・市場経済ではなく、一定の規制・政府の介入が必要だというのが私の考えです(そもそも純粋な資本主義の国などあるのでしょうか?)。


それから自己責任と言うことに関してもう一つ書いておくと、自分で責任をとらずにそれを誰かに押しつけているのは他でもない経営者自身だと思います。経営資源(ヒト・モノ・金)の一つである人に関する部分は、経営戦略に関わる部分であり、その責任は経営者側にあるはずです。かつては人員削減というのは厳しい経営責任を伴うものであったと思うのですが、それがいつのまにか人員削減が簡単にできるようになり、自分では経営責任を一切とろうとはせず、非正規雇用に全責任を押しつけるようになってしまっているように感じます。経営者側は、かつて自分が経営責任という形でとっていたリスクを非正規雇用側に転嫁(リスクの移転と責任転嫁)したというのが実態ではないかというのが私の考えです。
例えるなら、不祥事を起こした際に部下にだけ責任をとらせる形で会社を辞めさせているのに、当の本人はなんら責任をとらずに会社に居残る、というケースと似ているように思えます。

ただし、だからといって、ただ単に経営者・企業側が悪いというわけでもないというところに難しさがあると思います。今回コメントを頂いた匿名希望の経営者の方のように、正社員は労働法で守られているがゆえに非正規雇用から切らざるを得ないという切実な事情があるからです。

この問題は、労働者個人の自己責任ということではなく、だからといって、企業側・経営者側が一方的に悪いというわけでもなく、社会全体の問題だと考えています。だからこそこの問題を解決できるのは、政治による力しかないと思うのです。正社員は過剰に優遇されすぎているように思えますし、非正規雇用はあまりにも冷遇されすぎています。この差をどうにかして埋める方法・妥協点を見つけないと本当に大変なことになると思います。私が思うに、正社員が持っている経済的な優遇面・既得権益を縮小あるいは廃止し、それによって浮いたお金を非正規雇用に回すのが妥当ではないでしょうか(私はこのあたりのことは全くのド素人なのではっきりしたことは言えませんが、もうそれしか方法がないのでは?と思います)





さて、もしこのまま景気がどんどん悪化するとすれば、今後、すさまじい勢いで失業者は増加するでしょう。
今は派遣切りが問題になっていますが、次は正社員切りの番でしょう・・・。
正社員をワーキングプア並みの給与水準にする「名ばかり正社員」も増加するかもしれません。
・・・もっとも、これを社会全体が「自己責任」という名の下に当事者の努力不足ということとして容認するというのならそれもまた仕方のないことなのでしょう。経営者サイドにすれば、正規雇用であろうが非正規雇用であろうが、人件費を低く抑えることができればどちらでもいいということなのでしょうし、自己責任論が強い限り、これは経営者サイドから見れば大きな追い風になります。


私が感じているのは、明らかに優秀な人材がなぜか非正規雇用に甘んじているという実情です。
今の時代における人を巡る最大の問題点の一つは、極めて優秀な人材が非正規雇用・ワーキングプアという地位に甘んじているということだと思います。その意味において、「企業は人なり」という言葉すら、もはや揺るぎつつあると感じています。これからは、「企業は人なり」ではなく、「人はモノなり」「上手な企業経営の秘訣は人を使い捨てにすることにあり」となるのでしょうか。


さて、ここで一つ書いておきたいと思いますが、自己責任というのは、私の理解するところでは「自分の人生に責任を持つ」ということだと考えています。勤勉に働いていても最低限度の生活すらできないというのは異常だと思います。異常なことを異常なことだと考えず、「自分自身のせいなのだ」「これは仕方のないことだ」などと考えるのは、自己責任どころか、自己責任の放棄ではないかと思います。人間は人間であり、モノではありません。モノではないはずの人間を事実上モノ扱いにし、そして使い捨てにし、生活できるお金すらまともに払わないでいる現状に対して、なぜ腹を立てないのでしょうか?なぜ怒らないのでしょうか?どうして「これはおかしいではないか」と言わないのでしょうか?諦めることが人生だと言うのでしょうか?


今問われているのは、人間としての尊厳だと思います。



今やワーキングプアはもはや少数派ではないはずです。日本は民主主義国家であり、そうした人たちが世論をもっと盛り上げることができれば、世の中を動かす力となると思うのですが・・・。

最後に、これも重要なことですが、今我々が享受している様々な権利・社会保障などは、先人たちの血と汗と涙の結晶です。人類の歴史をみれば、それがよくわかります。かつて、人の命は軽いものだったのが、今では非常に重いものになりました。もしそうした偉業がなければ、現代に生きる人々は、基本的人権すら持つことはなかったことでしょう。我々は先人たちによって獲得された権利を守り続けることこそが重要であり、またそれが義務であろうと思います。


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今回の私のコメントはいつもとは大きく異なり、かなり強い言葉の調子になってしまいましたが、別にことさら議論をしようという意図はありません。私はどうも文章が非常に下手で何かと誤解されやすいため、私の記事の本編に対する補足というのがこのコメントの目的ですので念のため(^_^;)

さて、ワーキングプア問題についてはまだまだ書けることがありますが、それはまたそのうち書くつもりの続編にて書いてみたいと思います。なお、今回書いたコメントの中にはこのシリーズ記事の次回以降の記事で書こうと思っていた内容も含まれていますので、重複する部分も出てくるかと思いますがその旨ご了承下さい。


最後に一つだけ書いておきたいことがあります。もし今後景気がさらに悪化するとすれば、たとえ今は安定収入を得ている立場にあっても、非正規雇用になったり、ワーキングプアに陥ったり、住む家を失ったり、ということになる可能性があります。もし万が一、そういう立場になってしまったら、そのときに今一度自分自身に対して問う必要があると思います。

「・・・自分の今のこの境遇は、本当に自己責任なのだろうか?」と。


それから、貯金や投資をされている皆様におかれましては、不幸にして社会的・経済的に弱い立場に追い込まれてしまった立場の方々に対しても、思いやりの心を持って欲しいと思います。今はどうであれ、貯金・投資をされている方々は、将来的に経済的な成功を目指しているはずです。皆さんが経済的成功をおさめたとして、その後その力を使って何を目指すのでしょうか。社会的弱者に対して「オレは自助努力で金持ちになった。お前らが貧しいのは自己責任だ」などと嘲笑いたいのでしょうか?そうではないはずです。投資をされている方々から辛辣なコメントを頂くと、投資に対するイメージがますます悪くなってしまいます。もしかしたら、行き場を失ったワーキングプアの方々がネットカフェでこのブログを読んでいるかもしれません。何よりも、ワーキングプアは決して他人事ではないということを肝に銘じておいて欲しいと思います。
これは貯金と投資をテーマとするブログ管理人としての私からのお願いです。


※コメントについて、私の収入に関する部分を修正しました。今確認したところによると今年の収入は、手取りで300万円を若干上回っています。うむむ?と思ったのですが、おそらく若干の昇給(そのうちの一部は新たな資格手当による増額)と、休日出勤手当による影響と思われます。なおさら、自分は恵まれているなあ、とあらためて認識した次第です。


【2008/12/19 22:17】 URL | masa #.7tOqmoU [ 編集]


んんー、管理人さん、ごめん

おれさん、わたしはあなたは作家には向かないと思いますよ。
>恐縮ですが、何を主張したいのか意味が分かりません。
みたいな回答、全然駄目でしょう。
突っ込みどころ満載の私のコメントに、この反応じゃ。
ユーモアも、ひねりも、トンチのかけらもない。
今年のベストセラー「夢をかなえるゾウ」なんか、受付ないタイプじゃないですか?

さて、話題転換ですが、「輸出立国」ね(管理人さん、いつもの調子でごめん)

日本て、エネルギー資源がない国なんでしょ?
石油、ウランなんか海外依存率100%なんでしょ?

で、ひとつ質問なんですが、そのエネルギー、どうやって海外から買ってくるわけ?
輸入するからには、輸出国(アラブ諸国とか)に「代金」を支払うわけですよね。
どうやって、商品代金を支払っているんですか?

佐渡の金山や、石見の銀山から、金銀掘り出して支払っているわけ?
自給率100%の、米や水で払っているわけ?

日本はね、魔術師の国なんですよ。
科学技術の言う名の、魔術を扱える国なんです。
100ドルの石油から、10倍の価値のある1000ドルの石油製品を作ることのできる、魔法の国なんです。
魔法の国=科学技術立国、ってわけ。
このコメント、ガリレオは怒ると思いますけどね。
「確かに科学は不思議だ。でも、魔法じゃない」(福山雅治の声で読んでね)

100ドルの原料から1000ドルの製品を作って、その1000ドルの製品のうち100ドル分だけ輸出して、現金に換えるんです。
その100ドルで、輸入代金の支払いをする。

のこり90%は国内で消費する(ゴミにする)から、内需が潤ってるんです。

これがね、
日本の、「ビジネス・モデル」なんです。
輸出がなければ、エネルギー代金を払えない。
「輸出立国」たる、ゆえんです。

GDP?内需? こんなもの冷蔵庫と一緒です。
コンセント(エネルギー)抜いたら、ただの箱(価値ゼロ)でしょ。
数字をだらだらあげて、論拠とか証拠とかいってるうちは、
「夢をかなえるゾウ」を超える事なんか、出来ませんよ。

だいたい、「反証が必要」なんて、言ってること自体だめですよ。
全然、自分で考えてないじゃない。
テレビや新聞のコメントの域を、一歩でも出てます?
全部、二番煎じにしか見えませんけどねぇ・・・私には。
【2008/12/19 22:47】 URL | 元町愛 #195Lvy4Y [ 編集]


masaさんの今回のエントリーやコメント、非常に深い内容で、masaさんの良心を垣間見ることが出来ました。非常に読み応えがありました。
【2008/12/19 23:28】 URL | のっぽ187 #- [ 編集]


私は、「共産主義の実験国」なんて、聞いたことありませんね。
現存してきた共産主義は、ロマノフに代表される貴族支配やアパルトヘイトによる植民地支配からの独立に利用された、1党独裁政治でしょ。
労働者のための社会が、実験されたことなんて一度もありませんよ。

共産主義がアレルギーなら、こう言い換えても良いですね。
・社会福祉主義
・福利厚生主義

資本主義の崩壊?、資本主義なんてろくなもんじゃないですよ。
さっさと、崩壊した方がいい。
開発競争が何を生み出しました?
ゴミの山と深刻な環境破壊でしょ。

大事なのは「民主主義」。
身分制度、階級制度のない、平等で情報がオープンな社会です。

おれさん、あなたには作家として重大な欠陥がある。
それは、「夢」がないこと。

・職を失っても暮らしていける社会がほしい
・あくせく働かなくても、食べていける生活がほしい
・経済的に安心して子供を養育できる環境がほしい。

そんな願いを実現するのが、人間なんですよ。
「青臭い?」大いに結構じゃないですか、青臭くて。
わたしは、実現したいですね「ユートピア」。
(ところで、「作家なんて青臭い夢捨てろよ」、なんていわれたことありません?)

フィンランドとかの国民は、金持ちをいかがわしい目で見るそうです。
福祉国家に転換した国民は、意識も変わるんです。
私も、リタイヤ生活を手に入れて、価値観が変わりました。
富豪なんかになりたくもないし、うらやましくもないですね。

>自分より豊かな人間を見たとき、「俺もあいつと同じくらいリッチ(幸福)なってやる」
>という感情が正常な繁栄をもたらし・・・
なんてコメントは、世界をその目で見ていないから出てくるんです。
「正常な繁栄」ってなんですか?

いつも不安を抱えながらその日その日を生活して、未来が見えない。
不安が長じて、結婚も出来なきゃ、子供も産むこともできない。
資本主義下の競争社会が、「正常」だとか「繁栄」だとか思ってるなら大間違いです。
国民すべてが子供と手をつないで、明るく笑って日々暮らせる社会が、「正常」で「繁栄」
なんですよ。

PS:確かに北欧諸国は、北海油田があるんで福祉国家になりえたんですけどね。
【2008/12/20 02:25】 URL | 元町愛 #195Lvy4Y [ 編集]


これはひどい。masaさんのブログをいつも楽しみに拝見しているものです。

元町愛さん、できれば生産的なコメントを残すべきだと思います。

かくゆう私も、建設的な意見を述べる立場にはございませんが、コメントを読んでいて
心苦しくなります。
【2008/12/20 03:06】 URL | ちょっと失礼 #- [ 編集]

日本は法治国家です。
>>PALCOMさん

>自己責任論を主張する給与所得者は、労働基準法廃止論を
>唱えるのが理論的に一貫していると思いますが、
>そこまでの覚悟はおありなのでしょうか?

自分は労働法のゼミで法学部を卒業したので、一言わせてください。
PALCOMさんのご意見は、極論というより暴論です。
職業選択の自由という最低限の自分の権利を得られるための最低限の環境&セーフティーネットを労働基準法と労働基準監督署が担っています。
職業選択の自由を保障した憲法22条を前提に制定されたのが労働基準法であり、それを否定してではないと自由に自己責任で就労できないという論拠が理解できません。。
palcomさんのご主張は、労働基準法を無視した状態を前提にしないと、自己責任論を展開してはいけないという主張と理解しますが、かなり無理があると思います。
今の日本の労働基準法と労働基準監督署の存在意義を、palcomさんがどうお考えになられているのか、ご教授いただけると幸いです。
【2008/12/20 15:16】 URL | MINTIA #- [ 編集]

私は
元町愛さんのコメントが非生産的だととは思えません。
私にとってはむしろGDPで経済を語ること自体が危険だと思えます。
GDPとはほかに判断する指標が無いためにやむを得ず使っているにすぎませんから。
ただ、攻撃的な文章はもう少し穏やかにしていただけた方が不要な反感を買わなくて済むかと思います(笑)。
【2008/12/20 19:17】 URL | プラチナ #- [ 編集]


感情的な自己主張、感情的な攻撃、感情的な援護が、いかに馬鹿げているかを証明するコメントが散見されるようです。貧すれば鈍するといいますが、現今の日本および世界経済の情勢を見ると、これも止むを得ないと思います。数々の間違いをした小泉元首相ですが、今日でも圧倒的に正しいと思われる矜持は「米百表」の戒めだと思います。

今ある資産を食い潰し、他人の米粒をも奪い合って醜い争いをするよりも、その資産と労力を教育や精神収斂に費やすことがどれほど有意義であるか---。この事実に気づいた人間だけが生き残れるような気がします。
【2008/12/20 21:45】 URL | おれ #6RjAEIdU [ 編集]


プラチナさん

「GDPで経済を語ること自体が危険」
〝危険〟とまで主張されるなら、その論拠を示してください。

「GDPとはほかに判断する指標が無いためにやむを得ず使っているにすぎませんから」
では、貴殿は日本が〝輸出立国〟だとする指標を多数お持ちなんですね。それを具体的に示してください。

昨今のマスメディアは感情が優先するばかりで、実効のない主張を垂れ流しています。人間が愚かになる時、たいてい論理より感情が優先するものです。人間である以上、感情で物事を判断するのは止むを得ないことですが、一旦冷静になり、ロジカルに思考することを覚えることが成長に繋がると思います。まず、具体的な例証と誰にでも理解できる論拠を示さないのであれば、議論ではなく、単なる罵り合いにしかなりません。匿名で罵り合いをしたいのであれば、何の意味もありませんので、私は御免蒙ります。
【2008/12/20 21:52】 URL | おれ #- [ 編集]


私も元町さんのコメントが非生産的だとは思えません。
ただし、あくまでもここがmasaさんのblogであることを意識して、冷静な書き込みをされることを祈るばかりです。また、お互いに対面での会話と違い、コメントだけでは勘違いされることが多くあります。冗談で書いたコメントも人によっては暴論と受け止めることもあるでしょう。すみません、差し出がましいを書きました。

さて、1点だけ言いたいことがあります。リンク先の番組はリアルタイムで見ましたが、そのときも”人生に対して甘くありません?”と感想を抱きました。結果的に悲惨な状況になっておりましたが、その過程においてやはり将来への見込みや努力といったことが足りないのではないかと。かなり近い身内に、母子家庭で兄弟に障害者がいた人がいました。彼は、奨学金を借り国立大学を出て上場会社へ勤務できるまで努力しました。そのような状況を知っているだけに、本当に十分な努力をしてきた結果なのでしょうか?と思った次第です。経済的余裕がなければ勉強やスキル習得に勤むこともできないとのコメントは概ね理解はできますが、私はそうではないのではと思っています。

世界の貧困国の少年少女と比較するのは適当ではないとは思いますが、彼らに比べれば日本人のほぼすべての人は、機会に恵まれているのではないかと思います。状況がそうなりやすいからといっても、本当になにをやってもどうしようもない状況になるのは、日本において今の時代ではごくごく1部なのではないでしょうか?。
少しひどい言い方になるかもしれませんが、あの番組程度の状況は、やはり自己責任が足りないのではないかと思います。
【2008/12/20 22:58】 URL | 煙々 #RaJW5m0Q [ 編集]

難しい問題ですね
記事本文も諸コメントも、興味深く読ませていただきました。
非正規雇用問題がどう解決されるべきかについての個人的意見は
「難しい問題である」こと以上は差し控えたいと思いますが、
状況の客観的整理を、私なりに考えて見ました。(長いです。すみません。)

①資本主義の古典的修正として労働者保護の必要性が認められ、その成果は、日本でも労働諸法として結実している。

②ただし、労働問題の解決は、労働諸法の枠組みによりつつも、現実的には判例による部分が大きく、例えば解雇については、必要性及び合理性(いわゆる解雇の4要件)がかなり厳しく審査されるものの、ケースバイケースの事例判断という、ニュアンスが伴う。

③その結果、労働者側からは、決着をつけるためには提訴という高いハードルがあり(労基署への相談から始まって、端緒となる方法は種々ありますが、判断が微妙なケースでは最終的には訴訟リスクを負います)泣き寝入りせざるを得ないこともありがちである。

④他方、経営者側からも、解雇要件のハードルは高く、その結果、社員の雇用は、経営リスクとなるため雇用には慎重になってしまう。順法意識の高い経営者ほど、解雇の自由度は低下し、その結果、雇用の自由度も低下することとなる。

⑤正社員としての雇用は控えたいが一定の労働力は必要との経営側需要ニーズと、労働力の一部を提供したいという労働者側供給ニーズに応えて非正規雇用(アルバイト、パート、短期フルタイム)が発生し、近時、非正規雇用供給を事業とする派遣業が発生した。

⑥非正規社員の権利保護については、徐々に法整備が進みつつあり(いわゆるパートタイム法、派遣業法等)、また、判例も出つつあるが、まだまだ新しい領域であり、判例の集積は不十分。(もとより正社員の権利保護についても判例の集積はかなりあるが十分とは言い難い)

⑦非正規社員の権利保護は、正社員に近づきつつあるが、現実領域はもとより、規範領域(法、判例)でも、厳然たる差異があり、例えば解雇の合理性判断では、まず非正規社員、次に正社員という順番でないと、原則として合理性がないと判断される(と思います)。

⑧解雇に代表される労働問題の解決の規範が、正社員非正規社員という身分の相違を労働者の個人的要素の相違に原則優先させるのは正しいのだろうか、という問題がひとつあります。

⑨また、解雇要件を引き下げる(判例が事例判断である以上、いわゆる判例変更も含めてあり得ます)、あるいは、正規非正規という身分よりも個人的要素を優先させる余地を広げるという、解決方法も考えられますが、前者は労働者全般の、後者は正社員の、「既得権」を侵害するものだけに、対応が難しいという問題があります。

⑩なお、そもそも、解雇要件を厳しくし過ぎると、企業が競争力を失って弱体化するという問題があります。

⑫判例の要求する解雇要件は、⑩と労働者保護のバランスを取ったものであるはずなのですが、企業側からは異論があり、結果、正規雇用に慎重になり、、、、として④に戻ります。

難しい問題ですね。。。事例の積み重ねにより、徐々に妥当な解決方法が模索されていくのだろうと思いますが、「そんなの待ってられないよ」という声が双方から聞こえて来そうです。
労働者は生存につながる問題であり、企業も存続につながる問題でしょうから。。。


なお、「自己責任」は、正社員の身分の取得にもつながる話であり、正規非正規を問わずその人の労働価値につながる話でもあると思います。

また、上記の問題は、自己責任論の有無とは別個に存在する問題点ではありますが、その解決基準の模索にあたって(労働、経営、双方の)自己責任の観点が重要な判断要素のひとつになるような気がします。
【2008/12/21 02:52】 URL | Bホールド #- [ 編集]

輸出立国の問題について
これも面白い問題ですね。

伝統的に日本は輸出立国であると考えられている(あるいは考えられていた?)と思いますが、
数字の上では、GDPの内訳上、輸出に関するものは意外と少なく、
更に、円高で有利となる業種の就業者が、不利となる業種の就業者を上回っている
という調査結果もあるようであり(信憑性は不明ですが)、私としてもちょっと意外な気がしました。
http://members3.jcom.home.ne.jp/takaaki.mitsuhashi/data_14.html

もちろん、上記の調査結果から、ただちに、輸出立国でないとは言い切れないとも思います。

まずは、巨大企業の多くが輸出で稼いでいること、その巨大企業の子会社関係会社、取引先の存在、これらの会社の社員や家族が購入する国内財貨の存在等々を考えなくてはなりません。

円高不利企業と有利企業の比較も、従業員数ではなく、売上規模では逆転するのではないかという気もします。

しかしそれでも、輸入企業及び安価な輸入品で恩恵を被る内需企業の数がかなり多いこということは、円高が内需拡大につながる面が相当あるということになりそうです。家計を考えれば更なりです。

そして、資源高・製品安という状況下では(現況は資源安・製品安?)、輸出は赤字につながりかねず、少なくとも輸出企業の影響力は低下するのはもちろん、下手をすると、輸出立国という構造自体が存立し得ないことにもなりかねません。

ところで、輸出「立国」かどうかは、さておいても、鎖国するわけではないですから、輸出も輸入ももちろん大切で、どちらも相当の量がありますから、円高円安のどちらかに急激に振れると、やはりプラスよりもマイナスが大きいでしょうね。

いずれにしても、日本が今後、輸出で稼いで行こうとするなら、輸入コストを下げるか、製造コストを下げるか、値段が高くても国際競争力を持つ製品を作るかしないといけないわけで、、、なかなか大変ですね。
【2008/12/21 03:49】 URL | Bホールド #- [ 編集]

>おれさまへ
返信わざわざありがとうございました。
ただ、こちらは私のBLOGではありませんので最後の返信とさせていただくことご理解願います。
>「GDPで経済を語ること自体が危険」ですが、正確にはGDP「だけで」という表記が本来意図するものでした。もちろん、おれ様は「不勉強な社会科教科書の執筆者や編集者」とお書きになられていますから、WEB上で閲覧できる経済BLOGなどにも目を通しているのだと思いますので、私から根拠を書くのも恥ずかしい限りです。以下文章は転載のように見えるかもしれませんがご容赦を。私も以前はGDPこそが指標だと思っていましたが、本当にそうなのか考えてしまうことがあります。また、「日本の個人消費は実質GDPの伸びの約4割を占めるに過ぎなず、伸び率の半分以上を占めるのは輸出だ。」ということから、日本は途上型の経済成長をしていると言う考え方もあります。GDPにも「名目」「実質」とありますし、今現在、日本の実質GDPは確実に伸びつつありますが、実際に豊かになったという実感もありません。感覚的におかしいのはきっと前提がおかしいからだと私は考えています。
おそらく、こちらはおれ様の質問に対する答えにはなっていないかもしれません。
しかしながら、投資家が経済のことを考える大切さを改めて感じることができたのであれば、それは良いことだと思っています。
ただし、「ワーキングプアは自己責任である」というおれ様のご意見には深く賛同しています。おれ様が良書を上梓した際は、目を通したく思いますのでご一報お待ちしています。

管理人であるmasa様へ
masa様が、不快に感じた場合、お手数ですが、削除してくださるようよろしくお願い板ます。
【2008/12/21 09:01】 URL | プラチナ #3fP8K/.I [ 編集]

関係無いコメントで申し訳ない
プラチナさんが、おれさんへの返事の題名に「おれさま」「おれ様」と使用されているのを読んでこれがおれさんの作家としてのユーモアなのかなと思わず笑ってしまいました。

すみません。
くだらないコメントですので気になったら削除してください。
【2008/12/21 13:42】 URL | もの #JalddpaA [ 編集]

管理人より
>>プラチナさんへ

GDPや輸出の話にしても、様々な考え方・意見があるでしょうし、ワーキングプア問題における自己責任問題にしても、それは同様だと思います。
したがって、コメントの内容については全く問題ないと考えております。

>>ものさん

関係のないコメント内容と書かれておられますが、これも何ら問題はないと考えております。

私が現時点において削除対象としているのは、例えば個人への誹謗中傷や、宣伝目的のコメント・トラックバックなどです(あくまでも現時点での話ですが)。ただし、その判断規準は、ブログ管理人である私の主観によりますのでその旨ご了承下さい(主観で、というのは、人によって判断規準が異なると思われるためです)。

なお、今回の記事内容及び私のコメントに関しては、前にも書いた通り、反論が来るであろうことは当然のことながら予想しておりました。むしろ、今回の記事については、反論を期待する形で記事及びコメントを書いたと言ってもいいほどです。

様々な意見・考え方があるのは当然のことだと思うからです。

唯一にして絶対の答えというものはなかなか出ないものです。ただし、相手が自分の意見を受け入れないからといって、意地でも自分の意見を強引に押し通そうとすることはご遠慮いただければ幸いです。

なお、非常に深いテーマであり、まだ新たなコメントが来る可能性があるので、今後しばらくの間、様子をみることにします。

【2008/12/21 14:02】 URL | masa #.7tOqmoU [ 編集]

管理人です
管理人からのコメントです。
どうでもいいことですが、私のブログの読者コメントのレベルがこんなに高いのは一体・・・?
どう考えても、ブログ管理人である私などより遥かに高レベルなのですが、まあその点はあえて無視してコメントを書き進めます(^_^)

例によって、一部の方へのコメントだけとさせていただきます。なお、GDPの話と輸出の話は割愛します。


>>MINTIAさん

管理人個人としての見解ですが、確かに理屈自体は暴論であるということに私も同意します。これはわかりやすく説明するための一種の方便であると私自身は感じています。
いずれにしても、言葉通りの意味ではないでしょう。文字通りの解釈をするならば、MINTIAさんの書いておられる通りであって、まさしく暴論ですから。
当然のことながら、労働基準法にも労働基準監督署にも十分な存在意義があると思います。



>>Bホールドさん

いつもながら丁寧な分析ですね。私はこういう理論的な話の組み立てが苦手なのでいつも感心しております。

>事例の積み重ねにより、徐々に妥当な解決方法が模索されていくのだろう

まあ、そういうことなのでしょうねぇ。
実際、事例の積み重ね以外にはないのかもしれません。




>>煙々さん


>少しひどい言い方になるかもしれませんが、
>あの番組程度の状況は、やはり自己責任が足りないのではないかと思います。

なるほど。

もともと今回のシリーズ記事の出発点は、元来何の努力もしていない私自身とワーキングプアとの違いは何だろう?というところでしたので、こういう形の記事となりました。

では、逆に「自己責任である」と「自己責任ではない」とされる間の境界線はどこにあるのだろう?という疑問も出てきます。具体的な事例で、客観的にそれを評価・区分する方法があるのだろうか、という疑問です。

例えばの話ですが、仮に生活習慣が原因で、何らかの生活習慣病になったとします。例えばこのとき、「そもそも生活習慣が悪いせいで生活習慣病になったんだから、本人の責任、つまり自己責任だ。こんなやつは、医療費は全額自己負担にすべきだ」というような議論が与党の有力政治家レベルで起きたとしたら、それは果たして妥当なのか。他にも、「過労死は自己責任」と言っていた派遣会社の社長がおられましたが、それは果たして正しいのか・・・?
自己責任の範疇はどこまで拡大すればいいのか?

ううむ。私は法律についてはド素人なので、ますますわからなくなってきます(-_-)

以下、参考URLです。抜粋の上、引用します。

「奥谷禮子」(出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A5%A5%E8%B0%B7%E7%A6%AE%E5%AD%90

上記サイトより引用します。
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思考・発言
「格差論は甘えです」[19]と、格差社会論そのものに否定的な人物の一人である。2006年10月24日に開催された第66回労働政策審議会労働条件分科会に使用者側の委員として参加し、過労死の問題について、「自己管理の問題。他人の責任にするのは問題(=自己責任論)」「労働組合が労働者を甘やかしている」[20][21]と発言し、さらに週刊東洋経済のインタビューで「労働基準監督署も不要」「祝日もいっさいなくすべき」と発言し論議を呼んだ[22]。

(中略)


[編集] 週刊東洋経済インタビュー騒動
週刊東洋経済2007年1月13日号で、「格差社会と言いますけれど、格差なんて当然出てきます。仕方がないでしょう、能力には差があるのだから」と発言し、インターネット上などで波紋が広がっている[26][27]。

記事では、「下流社会だの何だの、言葉遊びですよ。そう言って甘やかすのはいかがなものか」と持論を展開。過労死については「だいたい経営者は、過労死するまで働けなんて言いませんからね。過労死を含めて、これは自己管理だと私は思います。ボクシングの選手と一緒」とした上で、「自分でつらいなら、休みたいと自己主張すればいいのに、そんなことは言えない、とヘンな自己規制をしてしまって、周囲に促されないと休みも取れない。揚げ句、会社が悪い、上司が悪いと他人のせい。ハッキリ言って、何でもお上に決めてもらわないとできないという、今までの風土がおかしい」と経営者側には責任はなく労働者側の意識が問題との認識を示した。

しかしこの発言に対しては、労働者側への現状認識が欠けているとの指摘、日本国憲法第27条とこれを受けて制定された労働基準法、および日本国憲法第28条で定められている労働基本権を失念した発言であるとの指摘がある。また、改正教育基本法に見られる“個人より国家・公共を優先し重んじる”政策からすれば、労働者の判断で休みを取るべきとの奥谷意見は相容れない。なお、最高裁判所は2000年3月に大手広告代理店社員の過労自殺訴訟において企業が社員に払うべき義務について「疲労が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことのないように注意する義務」という判断を示している[28]。言い換えると「社員の自己管理」ではなく「経営側に職場の環境を整備する義務がある」ということである。さらに、取締役であっても過労死の責任は会社にあるという判断を大阪高等裁判所は示している[29](これらの指摘については後述の国会審議録での川内博史議員による柳澤厚生労働大臣への詰問およびその参考文献を参照)。

また、今回の騒動を受けて奥谷が公表した文章[30][31]では過激な表現が控えられているものの、上で示した日本国憲法の意義や最高裁判所判例の趣旨と異なる発言を行っている。さらに「職種によっては、どこまでが仕事で、どこまでがプライベートか分からないものがある。研究者などは最たるもので、あるテーマに没頭しはじめれば、公私などありはしない」と発言している。

2007年2月7日の衆議院予算委員会で、川内博史議員(民主党)が「あまりの暴論なので提示させてもらった。柳澤伯夫厚生労働大臣の諮問委員に日本国憲法を無視している人がいて、ホワイトカラーエグゼンプションを推進しようとしている」と詰問し、この発言について同議員が読み上げた[32]。この質問に対し、柳澤厚生労働大臣は「まったく、私どもの考え方ではない」と答弁している。

この後、奥谷はマスコミの取材[33]に対し「発言の一部分だけをとらえた質問は遺憾」と反論したが、2007年2月19日の衆議院予算委員会で、枝野幸男議員(民主党)が「十分釈明を聞きたい」と述べ、参考人招致を要求した[34][35]。結局、与党側が3月2日に委員長職権で審議を打ち切り予算案が衆議院を通過したので野党側が要求していた奥谷の参考人招致は実現しなかったが『週刊ポスト』『女性セブン』(以上、小学館)や『サンデー毎日』(毎日新聞社)でも奥谷発言が取り上げられた。

この発言に関して奥谷は2007年4月2日付の朝日新聞におけるインタビューで、「真意が伝わっていない。工業化社会から知的創造の時代に移り、長く働けば生産性が上がる時代では無い。自分で労働時間を管理し、生産性が上がるよう働けばいいという意味だった」とコメントしている。しかし、このコメントに関しては対談相手の森永卓郎からは「規制がなくなれば地獄の底まで働かせるのは、産業革命で立証済み。最低限の権利を守る仕組みが必要だ」と反論されている。

2007年5月22日の参議院厚生労働委員会で櫻井充議員は奥谷について「この方が労働政策審議会のメンバーですね、ホワイトカラーエグゼンプションをどんどん進めていって、やられている方ですね。この方は、規制改革会議のメンバーでしたね。過労死は自己責任と言った人ですよ。こういう人が本当に有識者ですか」「何回も、いつもこの委員会で問題になっていますけれども、過労死は自己責任だとか、そういうことをおっしゃっている方が(労働政策審議会の委員として)適切なのかということです」と批判している。

----------------------
引用終了です。



【2008/12/21 20:24】 URL | masa #.7tOqmoU [ 編集]


masaさん、こんばんは。

いろいろ書いたところで、masaさんが提示されていたリンク先の2番目も読みました。内容を書き直しました。
http://www1.odn.ne.jp/kamiya-ta/workingpoor2.html

私の意見はそのままA氏の2と4に集約されます(A氏のコメント全体には必ずしも意見が同じではありませんが)。
ここmasaさんのblogを見ている方々は、大なり小なり将来に対して危機感を感じているかと思います。そのため、インデックス投資やETFをはじめとする将来に困らないための資金作りのためにこつこつと貯める努力をしているかと思います。高度成長期の時代に生きて、少しでも月々積み立てを行っていれば、老後の生活に困らないのではないでしょうか?。
また、育英会の奨学金をはじめとする奨学金制度があります。特に成績優秀者には、特待生といった制度もあります。大学も一部の本当に大変なところを除けば、アルバイトくらいは多少できるかと思います。お金がないからといって、学習ができないわけではないと思います。

"なぜ努力しても抜け出せないのか"(workingpoor3.htmlの真ん中にある記事です)で逆に書かれているようですが、生活保護を受けつつ貧困から抜け出すべき手段が取れないか、彼ら彼女らは検討するべきではないのでしょうか。
私は、子供たちに対する社会保障は、親の素性の良し悪しに関係なく、十分に行うべきだと思います。子供たちには罪はありませんから。ただ1つ言わせてもらうのなら、子供を育成することは非常に費用がかかることです。離婚するにしても、子供の養育費は元夫より受け取ってないのでしょうか?。離婚の理由など千差万別でいろいろな理由もあるでしょうが、将来のことを本当によく考えてされたのでしょうか?。
上記理由により番組であったような状況に対し、十分な対策や対応を行ってきたのか?。私には、それらが不十分ではないかと考え、先の意見になりました。

masaさんの例に出されていることですが、私としては
・暴飲暴食をはじめとして、ひどい生活習慣により、病気になるのは自己責任だとおもいます。
・世の保険では、三大疾病に対する保障があります。また、そのような病気になったときに今の給料程度を保障してくれるような仕組みもあります。将来病気になったときに対策をとるのも自己責任だと思います。
masaさんの記事は少し極論な感じがしますが、例えばタバコを吸うことで健康を害する事実があり、喫煙者は負担額を増やすといったようなことなら、私は妥当なのではないかと思います(喫煙者に怒られそうな意見ですが)。
また、「過労死は自己責任」との記事の話ですが、コンプライアンスを守っている範囲では特に私は問題ないと思います。ただし、この記事のようなものはそれが守られていないように思われ、問題があるのではないかという認識です。たぶん、masaさんとそう違いない認識かと思います。
元町さんが書かれているように、従業員を死ぬまで働かせないように労働基準法があり、また監督官庁があります。労働基準法では、労働時間について記述されています。くどいようですが、法律が守られる範囲においては問題はないという認識でいます。

私の言う自己責任を問われる状況とは、
1)努力しないで問題のある状況になる。
2)対策をしないで問題のある状況になる。
です。それ以外の例えば病気や怪我は、社会で助け合うのが正しいと考えています。

拙い文章にもかかわらず5時間くらいかかって悩みながら書きましたが、少しでも意図が伝わればと思います。
【2008/12/22 01:40】 URL | 煙々 #RaJW5m0Q [ 編集]

ワーキングプアだけ自己責任?
ワーキングプアーに自己責任なんてそもそも現在はありえない状況です。
 なぜなら今、米国の投資銀行がえらい大失敗をして世界中が大不況、大迷惑になっています。
 彼らは自分たちの能力が高いから、平社員でも数千万、CEOともなると数百億円も取っている、と自己正当化してきたわけです。つまり自己責任だといってきて高給を食んできたわけです。
 しかし、この大失敗でデリバティブがもたらした損失は何百億ドルにものぼるといわれています。さて彼らはこの失敗を自己責任で何とかしてきたのでしょうか?いいえ。彼らは自己負担は一切せず政府に泣きついてみんなの税金をつぎ込んで、おそらくほんの数年前に言っていた自己努力、自己責任の原則などすべて忘れて何十億ドルの救済をされているわけです。

 このような状況でなぜゆえワーキングプアや非正規雇用だけが自己責任を問われなければならないのでしょうか?経営者、大金持ち、高給取りは自己責任の適用外、いえ儲かって都合の良いときだけ適用する特権があるのでしょうか?
 非正規やワーキングプアの人たちが寮も追い出されてどんな状況になってもかまわんと言い切れるだけの前提はもはやどこにもありません。

 この前提を問わずしてワーキングプア、非正規雇用者のみ自己責任などというのはとんだまやかしに過ぎません。

 さらに不思議に思ったのはこの自己責任、自己努力を喧伝した小泉元首相がご自身の次男を同じ地盤で政治家にさせようとしていることです。小泉元首相にせめてこの言葉に対する責任をわずかでも感じているなら、同一地盤で立候補させることなど思いもしないでしょう。

 言い出した本人からしてそれなんですから、自己責任論なんてものはそもそもいい加減なものなんですよ。

 自己責任というのは自分が自分自身に対して向けて言うものなんです。誰か他人に向かって問うものではないんですよ。


【2008/12/22 03:33】 URL | もの #JalddpaA [ 編集]

輸出立国の問題について
元町愛さんのコメントは、感情的でロジカルでないため議論にならない、という意味で、
私としては、読むに耐えないものでしたが、一点だけ気になる点がありました。

>ただ、私が本当に議論・反論したいのは、
>>多くの日本人が、「日本は輸出立国」と信じきっているようですが、大間違いです。
>という部分なんだけど。

確かに、日本は輸出立国か?に関するおれ様の主張は、私の感覚に反するものでした。

確かに、財務省貿易統計を、パッとみただけでは、圧倒的な「輸出立国」だとは言えない。
http://www.customs.go.jp/toukei/info/index.htm

ちなみに、(圧倒的な)「輸出立国」とは、どのような国か?パッと思いつく国としては、
サウジアラビアがあります。調べてみると、確かに、輸出は輸入の3倍以上あるので、
立派な輸出立国です。
http://www.mofa.go.jp/MOFAJ/area/saudi/data.html

ただ、サウジアラビアが輸出しているものは、1次産品です。
ですが、日本が輸出しているのは、2次産品(工業製品)です。

工業製品はどこへ輸出されているのか?という点が、おれ様の主張と、私の感覚の
違いを理解するためのポイントになるのではないかと思います。

貿易に関する理解を深めるためには、統計は、地域別に見る必要があると思います。
http://www.customs.go.jp/toukei/suii/html/time.htm

USAに注目して頂きたいのですが、USAからの輸入の2倍以上をUSAに輸出しています。

日本は1億を超える人口を擁し、国内市場規模がそこそこ大きいため、輸入も多い(中国などから)
ため、貿易を世界全体でならすと、輸出入にさほど差がないように見えますが、工業製品をUSAに
輸出することによって、ドルを稼いでいる「加工貿易立国」というのが実情に近いと思います。
(ただ、稼いだドルで米国債を購入してドルを米国に還流させている)

もう一つ、実情を考察するうえで考慮しなければならないことは、統計に載らない輸出入があります。
貿易統計の定義ですが、Wikiペディアによると、「税関を通過する際に提出された輸出申告書、
積戻し申告書、輸入申告書等、通関上の諸申告書等をもとに作成される」 です。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B2%BF%E6%98%93%E7%B5%B1%E8%A8%88

つまり、貿易統計に載るのは、税関を通ったものだけです。
ところが、税関を通らないものもあります。それは、海外の生産拠点で生産
されたものです。

例えば、トヨタの海外生産拠点は、これだけあります。
http://www.toyota.co.jp/jp/facilities/manufacturing/worldwide.html

これら、海外の生産拠点で生産された商品の収益は、日本の貿易統計には載りません。
(日本の税関を通らないから)
ただ、これは逆もいえる(日本のコカコーラ,マクドナルド,IBM etcの収益)ので、単純には考えられない。


長くなりましたが、日本は輸出立国というよりも、工業製品を(主に)USAに輸出してドルを稼ぐ加工貿易
立国だ、と私は思います。
【2008/12/24 00:38】 URL | ひろん #- [ 編集]


コメント欄が荒れるにつれて、masaさんの問題提起からどんどん外れていっているように思います。

派遣労働者と正社員の間に能力的な差がないとすれば、それは自己責任で切り捨てることができない不公正な格差といえるのではないか?これがmasaさんの問題提起です。masaさんが自己責任を厳しく肯定していることは日頃の記事から明らかですが、それでもなお、自己責任の肯定と不公正な格差とは区別されなければならないというのがmasaさんの主張だと思います。もっともなことです。

もし、派遣労働者と正社員の格差が不公正な格差とすると、是正されなければならない格差を自己責任の一言で片付けていることになります。

不公正な格差を押し付けられているのが少数者であるからといって、不公正な格差と自己責任を混同していると、何れ自分が自己責任の名の下に不公正な格差を押し付けられることになる。だから、「ワーキングプア問題は決して他人事ではない」(ブログ記事の題名)。これがmasaさんの主張のポイントではないでしょうか?

ここまで考えれば、MINTIAさんへの回答は簡単です。

私は、「不公正な格差の存在を認めず、単純に自己責任で片付ける人に向けて」、それなら労基法もいらないのですねといっているわけです。全てが自己責任なら、国がでしゃばる必要はないわけです。逆に言えば、MINTIAさんのおっしゃるように、労基法や労働基準監督署は廃止できないなと思うのであれば、単純な自己責任説はおかしいということです。私の意見を暴論と批判するのは筋違いです。労基法・労働基準監督署否定が暴論であると考えるのなら、そのような結論を論理的に導かざるを得ない考え方(過労死自己責任論のような単純な自己責任論)を暴論というべきです。





【2008/12/26 15:46】 URL | PALCOM #- [ 編集]

管理人より臨時コメント
管理人からの臨時コメントです。

>>PALCOMさん

>不公正な格差を押し付けられているのが少数者であるからといって、
>不公正な格差と自己責任を混同していると、何れ自分が自己責任の名の下に
>不公正な格差を押し付けられることになる。
>だから、「ワーキングプア問題は決して他人事ではない」(ブログ記事の題名)。
>これがmasaさんの主張のポイントではないでしょうか?

その通りです。
私の書いた今回の記事の主張は、PALCOMさんの書いておられるとおりです。
この問題を自己責任ということで放置しておけば、次は正社員の番になるでしょうし、それだけではなく、労働者の待遇はより一層悪くなる可能性もあり得ます。

そのうち正社員不要論のようなものが経営者たちの間で出てきてもおかしくないと思っています。なぜならば、正社員は非正規雇用よりも明らかに好待遇になっているが、能力的に大差ないというのであれば、非正規雇用よりも高いコストを支払う経済的合理性がないからです。
例え話をすると・・・
今まで300円のボールペンを使っていた人が、あるとき100円のボールペンを使ってみたとします。すると100円のボールペンでも十分に使えることに気付きました。そこでその人はこう考えます。
「なんだ。300円もするボールペンなんて必要ないじゃないか」と・・・。
言うまでもなく、300円のボールペンというのは正社員を表し、100円のボールペンは非正規雇用を表しています。

もし、経済的合理性を徹底的に追求する経営者なら、「そもそも正社員などいらない。全員を非正規雇用のワーキングプアにすべきだ」と主張するのではないかと思います。


【2008/12/26 20:53】 URL | masa #.7tOqmoU [ 編集]


>PALCOMさん
>私の意見を暴論と批判するのは筋違いです。労基法・労働基準監督署否定が暴論で
>あると考えるのなら、そのような結論を論理的に導かざるを得ない考え方(過労死自己>責任論のような単純な自己責任論)を暴論というべきです。

私が過労死自己責任論を肯定したのであれば、貴殿のご主張は正しいと思いますが、そのような(過労死自己責任論を)私は暴論を肯定してはおりません。
再度お願いいたします。労基法・労働基準監督署否定をしないと自己責任を果たせないという理由をご教授いただきたい。

ついでに格差論を展開するのであれば、派遣社員が存在し、かつ就労する人がいる意味をご教授いただきたい。日本は、資本主義を目指すべきなのか社会主義を目指すなのか?、頭の悪い自分にご教授いただけると幸いです。
【2008/12/27 07:01】 URL | MINTIA #- [ 編集]

管理人からのコメント
>>煙々さん

長文コメントありがとうございます。

>5時間くらいかかって悩みながら書きましたが

5時間もかかったとのことで大変お疲れ様でした。しかし、あまり無理をしないようにお願いします。過労・寝不足のため生活に支障をきたしても当ブログ管理人は責任を負えませんので、”自己責任”でお願いします(^_^;)



煙々さんのコメントにレスをつける前に、まず、私の考える「自己責任」という概念の位置付けについて説明しておきたいと思います。

この点は、ものさんの書いておられる、コメントに集約されます。

>自己責任というのは自分が自分自身に対して向けて言うものなんです。
>誰か他人に向かって問うものではないんですよ。

私がよく自己責任という言葉を使うのは、自分自身を厳しく律するために使っています。人間というものは、大体において、「己に優しく人には厳しく」ということになりがちです。それを戒め、「己に厳しく、人には優しく」という方向になるようにするための言葉として使っているということです。
ちなみに、投資における自己責任というのは、私にとっては、「いかなる理由であれ、損失を出したことに対して他人のせいにせず、自分自身の責任だと考える」という意味で使っています。

その意味において、自己責任というのは自己に対して使うべき、というのが私の考えなのです。決して他人に向けるべきものではなく。

実際問題として、日本全体が、自己責任推進論者になったらどうなるかというと、日本は、「史上最悪の無責任国家」になる可能性が高いと考えています。自己責任を推進してなぜ無責任になるのかというと、


自己責任というあくまでも個人の責任に帰することで、他人に起きた災難・不幸な出来事に関して、すべてその人個人の問題ということになるがゆえに、何の救済策もとろうとしなくなる。それ以前に関心を持とうということすらなくなる恐れがある


と思うからです。例えば・・・

---------------------------
側近「総理。景気が大幅悪化しており、国民が景気対策を求めておりますが・・・」

首相「景気対策の必要はない。自分たちで何とかしろ。不景気というが、この不況の中でも伸びている企業だってないわけではないだろう?自己責任だ。まずは自助努力を十分にすべきだ」

---------------------------

側近「総理、今度は○○地方で大地震が起き、多くの建物が倒壊し、多数の死者が出ている模様です。早急に対策を練りませんと・・・」

首相「地震だって?それでその地域では、そもそも地震保険の加入率や耐震補強工事などはどうだったんだ?事前に何か対策をしていたんだろうな?」

側近「いえ・・・。数年前の調査資料によると、地震保険の加入率は低く、耐震補強工事もさほどおこなわれていなかったようです。」

首相「そらみろ。事前にこういう事態を想定していないからそういう目に遭うんだ。もし事前に耐震補強工事でもしていれば、もっと被害は少なくて済んだはずだ。自己責任だ。そんな連中のために税金を投入する必要はない。最低限の救援活動だけは行い、あとのことは各自の責任において復興させればよかろう。仮設住宅の建設費用も出さん。何?自宅再建の金を持っていない連中が多い?それこそ完璧な自己責任だ。なぜお金をちゃんと貯めておかないんだ?」

---------------------------

記者「社長!御社で起きた従業員の過労死についてどう考えておられますか!」

社長「・・・当社では、各従業員が、自己責任で仕事をするように徹底している。自己責任だから労働時間も自由裁量・自己管理だ。確かに今回、彼に割り当てられた仕事量は多かったかもしれない。しかし、あくまでも当の本人の労働時間管理と仕事の進め方が下手だから起きたこと。不幸な事件ではあったが、当社としては、何の落ち度もないと考える。」

---------------------------

通行人1「・・・おい。あんなところに人が倒れてるぜ」
通行人2「ふん。ほうっておけよ。俺たちには関係ない。自己責任ってやつだ」

---------------------------

・・・てな感じです。もちろん、これは想像ですが、要は、他人の不幸はその人自身の問題であると考えるがゆえに、何の対策も必要とは感じなくなる、あるいは誰も人を助けようとしなくなるという可能性がある、ということです。

実際、昨今の風潮として、誰も他人のことに関心を持とうとしない。自分さえよければそれでいい。というような考え方が蔓延しつつあるように思います。会社においても、自分の部下にだけ責任を押しつけ、より上位の管理者は無責任、ということは珍しくもない光景です。自己責任論が登場してきた背景には、そもそもこうした事情があるようにも思えます。
こうした世相のなかで、自己責任というものを推し進めるのはいささか時代が悪すぎるのではないかと思ったのです。

そんなわけで、自己責任という言葉は自分を律するためにのみ使うべきであって他人に対して言うべきものでない、というのが私の考えというわけです。

以上のことを踏まえ、煙々さんのコメントに答えていきます。



>私の言う自己責任を問われる状況とは、
>1)努力しないで問題のある状況になる。
>2)対策をしないで問題のある状況になる。
>です。それ以外の例えば病気や怪我は、社会で助け合うのが正しいと考えています。

この点、完璧に同意します。

>高度成長期の時代に生きて、
>少しでも月々積み立てを行っていれば、
>老後の生活に困らないのではないでしょうか?。

確かにその通りです。そういう意味では確かに当人の落ち度と言えそうです(ちなみに育英会の奨学金は私も借りておりました。あれは非常にありがたい制度ではありますね)。

とはいえ、私とて、いくら貯金や投資に力を入れているとはいえ、それでも限界があるのは間違いありません。例えば、自分の親が突然重い病気になり、それも多額の治療費が継続的に必要という事態に陥ったら、その時点で完璧にアウトです。何らかのセーフティネット・救済策がなければ、もはや貧困から抜け出すことはどうやっても不可能になります(この場合、ひどい言い方になりますが、自分の親に、下手に生きられるよりもとっとと死んでもらった方がいい、ということにもなりかねません)。人生においては常に予測不可能な部分が常に付きまといますので、計画通りにいかないことも十分にあり得ます。そういう意味では、何らかの救済策は必要かと思われます。


>生活保護を受けつつ貧困から抜け出すべき手段が取れないか、
>彼ら彼女らは検討するべきではないのでしょうか。

確かにこれもそう言えます。
しかし、この点には、どうやって抜け出すかの具体策を支援する何らかの制度・仕組みが必要になってくる可能性もあるかもしれません。
仕事探しにおいては、一般的に年齢が上がれば上がるほど仕事探しは不利になるのが一般的(ごく一部の極めて有能な人はそういうことはないでしょうけど、それはむしろ少数派)なので、中高年を雇おうとしない企業側の対応改善を求める必要性が出てくる可能性があるかもしれません。


>例えばタバコを吸うことで健康を害する事実があり、
>喫煙者は負担額を増やすといったようなことなら、
>私は妥当なのではないかと思います

健康管理というのは、よほど経済的に困窮している人以外は自助努力で可能なはずだと思うので、私も妥当だと思います。そういえば、民間のクルマの保険なども、例えば普段の走行距離によって保険料が違うというものがありますね。

過労死については、これも煙々さんの書いておられるとおり、コンプライアンスを守っている範囲では問題ないと思います。もっとも、そもそも法令遵守していれば過労死になることはないでしょうね。それでも労働災害は起こりうると思いますが、この点、特に非正規雇用の方々に対しては、安全教育・安全対策ができていない状況が見受けられます。

「派遣の労災ばかりが3年で9倍にも増えたのはなぜか?」(JanJanニュース)
http://www.news.janjan.jp/living/0809/0809157320/1.php

ちなみに、私の書いた本人全額負担うんぬんの話は確かに極論(むしろ暴論)です。しかし、自己責任という概念をどこまで広げるかということをしっかりと考えないと、際限なく広がる恐れがあります。自己責任論の究極の姿は、何が起ころうが本人の責任に帰結するということになり得ますから、そのうちセーフティネット不要論まで飛び出す恐れがあります。ザ・アールの奥谷氏の暴論はその一例でしょう(こんな人が政府の”有識者”となっていることがある意味で恐ろしいです)。奥谷氏の考え方によれば、「労働基準監督署も不要」らしいですが、こうした考え方を発展させていくと、世にも恐ろしい世界が現出するかもしれません。

そんなわけで、自己責任論の果てには、例えば、労働災害も、過労が原因とされる交通事故(運送会社に多い)も、全て事故を起こした当人の責任にされ、対策を怠ったはずの企業側は何の責任も問われない、ということになりかねません。それゆえに私は安易に賛成できないのです。

そんなわけで、いわゆる様々な救済制度ですが、私はやはり人が立ち直るためのシステムは必要ではないかと思います。例えば、借金に関しては自己破産による免責の制度がありますが、借金を踏み倒された人にとっては大変腹立たしい制度ではあっても、社会全体としてみたときには、再チャレンジのチャンスを与えるための仕組みとして非常に有意義だと考えます。

そういう意味では、あくまでも可能な限りの自助努力を行うことをすることを前提に、自助努力だけではまかないきれない部分を救済する制度はどうしても必要だというのが私の考えです。もちろん、制度を悪用する人も出てくるので、ある程度はそれに対する対策も必要だと思いますが。

それから、非正規雇用問題は、格差社会と言うよりも、差別社会を作り上げそうな気がします。実際、正社員がやりたがらないような仕事を立場の弱い非正規雇用に押しつけているケースが見受けられます(これも過去に読んできた文献及び自分が実際に見てきた事例によります)。



>>ものさん

>このような状況でなぜゆえワーキングプアや
>非正規雇用だけが自己責任を問われなければ
>ならないのでしょうか?

そう思います。経営者はもちろんそれに次ぐ立場であるはずの正社員も責任を負わない。自己責任どころか他人、それもより弱い立場の人に責任転嫁しているようにしか私には見えないのです。あらかじめ雇用調整弁として非正規雇用労働者を用意しておき、景気が悪化したら予定通り切る。経営責任を負うはずの経営者は、なぜか自己責任を問われないのは奇妙な話です。


もっとも、契約期間満了に伴い契約更新をしない、というのは明らかに合法です。言うなれば、例えば定期購読していた雑誌の契約更新をせずに契約を打ち切ったということと同じでしょう。そうであるならば、いわゆる派遣切り・非正規雇用切りをした企業側も、契約期間をきちんと守ったのならば、何ら責められるいわれはないと思います。

では何が悪いのかと言えば、そもそもの根本的問題は、安易に派遣労働などの非正規雇用の存在を認め、その適用範囲をむやみやたらと拡大してしまったところにあるといえそうです。

------------------------------------------------

ここで話は変わります。いわゆる小さな政府についてです。

「小さな政府」(出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E3%81%95%E3%81%AA%E6%94%BF%E5%BA%9C

-------------引用開始-------------------------------
本来、「小さな政府」を推進する場合、セーフティ・ネットを張り巡らさなければ所得格差の急激な拡大などによって社会的な混乱を招く蓋然性がある。ところが、日本で議論されているのは生活保護の切り詰め・医療費の値上げなどの福祉の抑制や、ハローワーク事業の民営化論・年金保険料の段階的値上げなどの社会保障の抑制などが議論されており、セーフティーネットに含まれる公的業務の削減・廃止が他の公的業務より進められている。これらは「小さな政府」を推進している経済財政諮問会議などの多くの改革会議の顔ぶれが社会保険料の企業負担の削減を大幅に減らした上で、所謂官制ビジネス・貧困ビジネスといわれる行政や社会保障を給付される国民を対象としたビジネスを展開したい財界人や「御用学者」と見られる場合もある政府要人ときわめて近い学者などで占められていることから、いわゆる「政商」的な自分達の利益を優先させる為「小さな政府」論を提唱しているに過ぎないとする批判が後を絶たない。
-------------引用終了-------------------------------


この中にある貧困ビジネスという言葉。ワーキングプアを語る上で、この貧困ビジネスの存在を抜きにしては語れません。貧困ビジネスとはなんぞや?という話ですが、これ以上書くと非常に長くなるので今回は省略します。この貧困ビジネスというものが貧困層にとってプラスに作用し、結果として貧困層から脱出するための力になっているのなら何の問題もないのですが、悪質な業者の場合、結果的に逆に貧困から抜け出しにくくなっているケースも多々見受けられます。

以下、参考URLです。
「貧困ビジネスとは」
http://m-words.jp/w/E8B2A7E59BB0E38393E382B8E3838DE382B9.html

-------------引用開始-------------------------------
ワーキングプアやネットカフェ難民といった貧困層を対象としたビジネスのこと。今日、年収200万円以下の労働者は1000万人を超え、貧困が社会問題となっている。同時に貧困ビジネスも増加している。貧困層を顧客としたビジネスとしては、宿泊を前提にしたインターネットカフェや保証人不要で礼金、敷金が0円で借りられるゼロゼロ物件といったものがある。また、サラ金も貧困ビジネスのひとつである。貧困層を労働力としたビジネスとしては、日雇い派遣などがある。
 貧困ビジネスは一見、貧困層を援助するようであるが、その実態は様々なオプション料金や違法とも言える違約金の支払いを求めたり、高金利によって多重債務に陥らせるなど、貧困層からさらなる搾取を行うものである。その結果、貧困層は貧困から抜け出す機会を奪われ、貧困が固定化するという点が問題視されている。貧困層が貧困ビジネスに頼らなければ生活をしていけないという状況を改善し貧困をなくすために、政府を中心としたセーフティーネットを充実させる取り組みが求められている。
 貧困ビジネスのひとつであるサラ金の実態を描いた著書としては、須田慎一郎の『下流喰い』がある。
-------------引用終了-------------------------------


長くなってきたので、今回のところはこの辺でそろそろ締めくくりたいと思います(書いていくときりがないので)。

私が自己責任論に反対である最大の理由は、なんといっても自分自身が様々な社会制度の有形・無形の恩恵を受けて、それによって助けられてきたからです。奨学金。失業保険。その他諸々。そして何より、多くの人々に助けられてきたからこそ、今、私は貧困に陥らずにすんでいます。人間というものは一人では生きていくことができない生き物です。それなればこそ、単純な自己責任論で片付けるべきものではないと考えているというわけです。

なお、私は法律に関しては素人なので、もしかしたら間違った認識を持っている部分もあるかもしれません。あくまでも図書館で借りて読んできた膨大な分量の文献・経済誌で得た知識を持ってこの記事を書いているだけですので・・・。

それから、今回の記事及びコメントにおいて反省している点が一つあります。それは何かというと、非正規雇用問題とワーキングプア問題を十把一絡げにして書いてしまっているという点です。当然のことながら、非正規雇用イコールワーキングプアではありませんし、一口に非正規雇用といっても様々なケースがあります。また、格差の問題と貧困の問題とは別個の問題として捉えるべきだとも考えています。この問題に関しては、私の中でまだ十分に考えがまとまっていないこともあり、こんな形になってしまいました。労働問題に関しては、膨大な量の文献を読んではきたものの、あまりにも大きく複雑な問題であるため、なかなか記事としてまとめるのが困難です。問題・観点はいくつもあります。非正規雇用・ワーキングプア・偽装請負・貧困ビジネスなどなど。詳しく見ていくと、これら一つ一つに関してそれぞれ本の一冊くらいは十分に書けるくらいの分量になってしまいそうですが、これらを全体的にみて初めて、本当の問題点が浮かび上がってくるのではないかと思います。


最後になりますが、そのうちまた続編を書きたいと思っています。今回のコメント欄で書いてきた内容を含めて、何らかの形で記事にしたいと考えています。

【2008/12/28 16:14】 URL | masa #.7tOqmoU [ 編集]


MINTIAさんへ

誤解が生じているようです。落ち着いて私の原コメントをご再読ください。

再度説明させていただきます。

派遣労働やワーキングプアを自己責任と考える意見(意見Aとします。)があります。

私は意見Aへの反論として、「意見Aを主張する方は、労働基準法廃止論を 唱えるのが理論的に一貫していると思いますが、そこまでの覚悟はおありなのでしょうか? 」と述べたものです。従って、私自身は、「労基法・労働基準監督署を否定しないと自己責任を果たせない」と考えていません。別の言葉で言えば、「労基法・労働基準監督署と自己責任は両立する」と考えているわけで、おそらく、MINTIAさんと同じ考え方だと思います。

繰り返しますと、意見Aにおける自己責任は、労基法・労働基準監督署を否定することに行き着くと思うので、意見Aをお持ちの方はその覚悟がおありなのですか?と聞いただけです。ここでコメントをされている方のうち、意見Aに立たれている方は、その覚悟をお持ちのようです。それならそれで、論理的に一貫していると思います。

意見Aは、労働法適用対象外の労働形態に置かれることそのものを自己責任として肯定しています。ここでの自己責任は、給与の差とかそのようなレベルではなくて、労働法適用対象外の労働形態に置かれることそのものであることに注意が必要です。そして、派遣労働者と正社員に実質的な労働能力に差がないとすれば、正社員を優遇する意味がなくなるので、masaさんがおっしゃるように、いずれ意見Aは正社員不要論につながると思います。

まとめ
・私は、意見Aの主張する自己責任説は労基法・労働基準監督署の否定につながると考えています
・私は意見Aに立っていません
・私の最初のコメントは、意見Aに立つ方への質問です
・私は、「労基法・労働基準監督署否定をしないと自己責任を果たせない」と考えていません
。意見Aの自己責任は労基法・労働基準監督署の否定にいきつくと考えているだけです。
【2008/12/28 16:29】 URL | PALCOM #- [ 編集]


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