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Author:masa
1972年生まれの某中小企業勤務の独身男性サラリーマン。貧乏人からお金持ちを目指して奮闘中。貯金は手堅く、投資はリスクを小さく、というのがモットー。
なお、当ブログの更新は原則として不定期です(月に数回程度の更新になると思います)。

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貯金生活。投資生活。
「節約なくして貯金なし」「貯金なくして投資なし」を座右の銘とする管理人がお金と社会について語るブログ
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落ちこぼれとしての視点からみたインデックスファンド投資の魅力
私はガチガチのインデックスファンド投資家ではないとはいうものの、インデックスファンドをメインとしたポートフォリオを組んでいます。私がインデックスファンド投資をメインとするようになった大きな理由の一つは、私が学校時代に完全な落ちこぼれであったということと多いに関係があるのです。
この話はあまり書きたくなかったのですが、インデックスファンド投資をするようになったきっかけを語る上では欠かすことができないのであえて書くことにします。


私は勉強というものが全くできませんでした。最初に落ちこぼれたのが算数で、小学校に入学早々、大の算数嫌いになり、いつしか完全に理解できなくなりました。ダメだったのは算数だけではなくて、あらゆる教科・科目に及んでいましたが、なかでも一番ひどかったのが算数だったのです。そして、落ちこぼれっぷりがピークに達したのが高校の時でした。

なんとか公立高校には入学できたものの、高校当時の成績はすさまじいひどさでした。一番ひどかったのが例によって数学です。某全国模試での偏差値は30以下という信じがたいほどのひどい成績。当時の文部省検定教科書の内容すら全く理解できなかったのです。教科書を開いて最初のページにある例題の解き方もわからず、それ以前に例題の問題文の意味すら理解できなかったのですから、もはや手の施しようのないほどのバカだったのは疑いようがありません。

かつて、先生に言われた一言を今でも覚えています(高校だったか中学だったかは忘れましたが)。私は授業中に先生に当てられたのですが、私には全くわかりませんでした。そのとき、先生は唖然とした表情でこう言いました。



「・・・え?・・・masa君、この問題、本当にわからないの?・・・キミ、頭大丈夫?」と。



どうやら極めて初歩的な問題だったようです。恐らく、先生の方も、「こんなバカは今までに見たことがない」と思ったのでしょう。

もっとも、私がダメだったのは、数学だけに限りません。生物・物理・化学などの理数系科目は似たり寄ったりで、ほぼ壊滅。文字通り一問もわからず、実際に0点をとったこともしばしばありました。理数系科目だけではなく、文系科目も同様にダメで、世界史も日本史も地理も暗記ができずに壊滅状態。古典もダメ。英語は当然ダメ。比較的マシだったのは現代国語でしたが、それでもようやく偏差値50をやや下回る程度がやっとでした(それでも、現代国語だけが比較的マシだったのは、当時から活字中毒で本の虫だったことと関係があるのかもしれません)。

高校3年生の夏頃、担任の先生からは、「キミの成績で入れる大学など、どこにもない。それ以前に、今の成績では高校を卒業できない」とまで言われており、その落ちこぼれっぷりはすさまじいものがありました(最終的には高校を留年することもなく、大学にもかろうじて合格できたのですが・・・)。


これは余談ですが、高校当時、学校の勉強もろくにせずに何に力を入れていたのかというと、当時小遣いを貯めて買ったパソコンでした(といっても、価格の安かったMSX2+規格のパソコンでしたが・・・。)。その頃パソコンでやっていたのは、BASIC言語マシン語(アセンブリ言語)によるプログラムの勉強、市販のゲームなどです。他にも、関連する技術文書を読んでいた記憶があります。キーボードのブラインドタッチを覚えたのもちょうどこの頃でした。マシン語の本は、当時こうした技術系の本があまりなかったので、あちこちの本屋さんを探し、ようやく一冊だけ見つけたものです。その本を見つけたのは、電子工学関係のコーナーでしたが、理数系とは全く縁のないはずの私が、理数系の人が読むような本を買って読んでいたというのはなんとも奇妙な話だと、当時なんとなくおかしく思ったものです。
パソコンとの付き合いは、その後、今現在に至るまで続いていますが、独学で学び続けたコンピュータの技術知識は社会人になってからも役立つこととなりました。

そしてもう一つ。私が当時から大の読書好きであったことも忘れるわけにはいきません。読書のジャンルは多岐に渡り、数多くの知識を身につけることができました。現在、私が持っている知識の多くは、学校での勉強よりもむしろ、読書によって育まれたものです。


・・・で、私が落ちこぼれであったという話が、インデックスファンド投資とどうつながってくるのかということですが、要するに、”平均”というものが私にとっては非常に遠い存在だったということです。

これは勉強に限った話ではなく、私自身は何をやっても常に落ちこぼれで、人よりも能力的に劣り、平均的な水準から遙かに下のレベルにいたわけです。具体的なことは書きませんが、周りの人たちみんなが当たり前のようにこなせていることが、自分一人だけがなぜかできなかったということです(こうしたことは、今でも本質的には何ら変わっていません)。

その私が投資の勉強をしていく中で、一番心を惹かれたのがインデックスファンド投資だったわけですが、常に平均より下のランクに位置し、平均というものから縁遠かった私にとって、”市場平均に負けない”インデックスファンド投資に辿り着いたのはむしろ当然の結果だとも言えるでしょう。
常に平均以下であった私でさえも平均を下回らないお金の運用ができるというのは、なんとも大きな魅力であったわけです。
そんなわけで、思うことは一つ。それは何かというと・・・



落ちこぼれこそ、インデックスファンド投資に向いているのではないか



ということです。私は時々、「もし自分が優秀な人間であったなら、どんな投資スタイルをとっただろう?」と、考えることがあります。もしかしたら、なまじ優秀であるがゆえに、投資家が陥りがちな「自信過剰の罠」にはまっていたかもしれません。あるいは自分が優秀だと自負するがゆえに、ウォーレン・バフェット流投資を目指していたかもしれません。そして、恐らくその試みは失敗に終わったことでしょう。

世間一般で、”平均”というと、どうも「たいしたことはない」というイメージを持つことが多いと思うのですが、私のような落ちこぼれは、平均というものに対して非常に強い憧れを持つものです。私が投資スタイルを消去法で絞り込んでいったとき、最後に残ったのがインデックスファンド投資だったというのは、まさしく落ちこぼれならではの判断だったのだろうと、今でも思っています。


 

テーマ:お金の勉強 - ジャンル:株式・投資・マネー

この記事に対するコメント
「自信過剰の罠」はサイコーの表現ですね^^
>>投資スタイルを消去法で絞り込んでいったとき、最後に残ったのがインデックスファンド投資だった

するどい勘(センス?)ですね・・
私は投資の落ちこぼれから、現在に至るまでずいぶん時間がかかりましたけど^^;;
【2009/12/15 22:41】 URL | 預金王 #- [ 編集]

反芻
人それぞれ負い目というものがありますが、
それを語ることができるのは、強いですね。

人それぞれの投資方針がありますが、
大変興味深いエントリーでした。
【2009/12/15 23:18】 URL | あつまろ #- [ 編集]


するどい視点ですね。

MBA取得者や東大卒の方などはインデックス運用になかなか手は出さないのかもしれませんね。
インデックス投資がなぜマイナーなのかを考える一考察につながる記事でした。
ちなみに私も平均以下でした・・・
【2009/12/16 18:54】 URL | sami #- [ 編集]


学校の成績が良くなかっただけの "落ちこぼれ" と、"知性が無い" は、イコールではありません。
試験の成績が良くても、知性が無い人間は、山ほどいます。

# 社会的な地位が高くても、バカはバカです。
# そういう、"勘違い野郎" をからかうのが、結構面白かったりしますが。 (笑)

知性の有無は、書いている内容、話している内容で、だいたい判断できるものですが、今までの
masa さんの記事を読んだ上での私の判断は、masa さんは、平均以上の知性を持っている、
です。その証拠に、masaさんの金融資産は、平均(正確には、中央値の500万円)を上回って
います。

masa さんは、"自分に自信を持っていい"、と私は、思います。
【2009/12/24 21:30】 URL | ひろん #- [ 編集]

ひろんさんのコメントに
禿同!
【2009/12/25 10:30】 URL | 虫とり小僧 #YHpFg9Og [ 編集]

管理人よりコメント
今回の記事も、拍手数がやたらと多い・・・(^^;)

>>預金王さん

>「自信過剰の罠」はサイコーの表現ですね^^

この表現が一番わかりやすいだろうと思った次第です。
「投資の世界において、実力というものは存在するのか?」というのはしばしば議論になるところですが、おおむね存在しないと考えて差し支えないのではないかと思います。現実にはデイトレードや短期売買などで莫大な資産を築き上げた人もごく少数ながら存在しますが、それは投資家というよりもむしろある種の”勝負師(つまり、ギャンブラー)”としてのカンによるものだと思います。一般の人がそれを真似することはできないでしょう。



>>あつまろさん

>人それぞれ負い目というものがありますが、
>それを語ることができるのは、強いですね。

この話については、随分前から書こう書こうと思いつつもなかなか公開に踏み切れなかった内容です(-_-)
いかに匿名ブログとはいえ、間違いなく自分の恥を晒すことになるわけですからねぇ・・・。
ただ、この落ちこぼれだったという話は、私のお金に対する考え方の根幹に関わる部分でもあるので、今回あえて書いたというわけです。

人間というものは、プライドだの見栄だのという余計なものがいろいろとあるものですが、適度なレベルならともかく、それが過剰になってくると、かえって弊害の方が大きくなってくると思います。恐らく、優秀であればあるほど、それが大きくなってくるのではないかと。
私が落ちこぼれであったということは、いわゆる成功体験がなく、負け癖がついているということでもあり、あまり誉められたことではないのですが、それでもつまらないプライドにこだわったり、余計な見栄を張ろうとすることに比べればよほどマシではないかと思う次第です。



>>samiさん

>MBA取得者や東大卒の方などはインデックス運用に
>なかなか手は出さないのかもしれませんね。
>インデックス投資がなぜマイナーなのかを考える一考察につながる記事でした。

いわゆる偏差値エリートと呼ばれるような人たちがどんな考え方をもっているかは正直よくわからないのですが、インデックスファンドに対して好意的な見方をするか、あるいは否定的な見方をするかというのは、結局のところ、”平均”というものに対する考え方に依存するのではないかと思います。

常に平均より上のランクにいる人にとっては、「たかが平均ではないか」と考える可能性は大いにあり得ると思います(実際にどうなのかはわかりませんが・・・)。もし、そういう考えを持つならば、「自分は平均ランクのはるか上にいる優秀な人間だから、投資においても市場平均など簡単に凌駕できるはずだ」というように考え、アクティブ運用にはまったり、あるいは極めて高度な投資理論や金融テクノロジーを駆使して市場平均を上回ろうと目論むことは想像に難くありません。もっとも、この場合でも、例えば専門の金融機関などに就職し、商品やサービスを提供して手数料を稼ぐ側として高給取りになって働くというのなら大いに意味があるのですが、単なる一個人投資家の立場で、”高度な投資理論”を駆使しようとすると、それこそ証券会社にとっては”絶好のカモ”になってしまう恐れがありますね。

インデックスファンドがなぜマイナーかといえば、やはり、「自分が優秀であると考えるがゆえに、市場平均に負けない程度の運用成績では己のプライドが許さない」というタイプの人がいかに多いか、ということの証明ではないかと思います。もっとも、その結果として、市場平均に負け続ける人の方がはるかに多いのも、また確かなことではあるのですが(^^;)


>>ひろんさん

>masa さんは、"自分に自信を持っていい"、と私は、思います。

ありがとうございます。

>学校の成績が良くなかっただけの "落ちこぼれ" と、
>"知性が無い" は、イコールではありません。

この話でふと思ったのは、そもそも知性が高いとか、頭が良いとかいうのはどういうことを指すのだろう?ということでした。
単純に知識が豊富というだけでは頭が良いとは言えないでしょうし、学校時代の成績だけでも、本当の意味での頭の良さを判断することは難しいのでしょうし・・・。
頭のよさというものを定義づけるのは、意外に難しいのかもしれませんね。



>>虫とり小僧さん

ありがとうございます(^^)


-----------------------------

ここから先は余談です。

私の場合、学校時代から本好きでしたが、それでもどうしても読む気になれなかった本がいくつかあります。それは一つは学校の教科書&参考書であり、もう一つは、読書感想文の課題図書でした。

読書感想文の課題図書というやつは、「一体どうやったら、ここまで絶望的につまらない本を見つけることができるんだろう?」というくらいにつまらない本が多く、本好きであった私ですら、読むに耐えないものがほとんどでした。これはもはや、読書嫌い・活字嫌いになるように意図的に仕向けているとしか思えず、私など、読書感想文を書くよりもむしろ、「読書感想文の課題図書はなぜつまらないのか?」というタイトルで作文を書きたかったくらいです。

学校の教科書にしても、なぜここまでつまらない無味乾燥な内容なのかと思わざるを得ず、こんなものにはとてもついていけないというのが本音でした。

・・・もっとも、そんなことに疑問を感じていたがゆえに、私は決して偏差値エリートになれなかったのでしょうけどね・・・。


ちなみに、ジョークサイトであるアンサイクロペディアの読書感想文の項目の中から一部を紹介しておきます。

読書感想文 - アンサイクロペディア
http://ja.uncyclopedia.info/wiki/%E8%AA%AD%E6%9B%B8%E6%84%9F%E6%83%B3%E6%96%87

-------------引用開始-------------------------------

読書感想文は、まだ活字に対してネガティブな感情を抱いていない児童らに、活字媒体に対する拒絶心を植え付け、将来に渡って搾取し易いよう愚かであることを決定付けるため、強制的に読書させるものである。
なお読むことを強要するために、その内容に関して言及した作文を書くことも求められ、これによって児童らは「本を読むこと」や「本の内容を元に考える」こと、更には「本から学んで様々なことを理解すること」を妨げられ、「如何に効率よく教師のご機嫌が取れるような、歯の浮くような語句を並べた作文が作れるか」という技能が磨かれ、将来的に本音ではどんなに嫌なことだろうとも、命令されたら適当にこなせる裏表のある人間になることを期待しての教育手法である。
このため、児童らに与えられる書籍は事前に教育委員会によって入念にチェックが入れられ、より多くの活字嫌いを増やすための無味乾燥で陰惨で幼稚で内容の薄さの割に冗長な書籍が選ばれる。

-------------引用終了-------------------------------

このサイト、ジョークサイトだけに非常に面白い内容となっています。
なお、このサイトはあくまでもジョークなので、本気にしないようにしてください。
・・・といっても、ある意味ではWikipediaよりもはるかに的確だという気が・・・(^^;)

【2009/12/27 14:16】 URL | masa #.7tOqmoU [ 編集]


> 頭のよさというものを定義づけるのは、意外に難しいのかもしれませんね。

学校の試験で計ることができるのは、"頭のよさ" の一面だけではないかと思います。

そういった成績が良いというのは、事務処理能力がある、とか、与えられた(つまらない)問題(or 命令)
をテキパキこなすことができる、というサインにはなるかもしれません。こういった能力を、"知能"とすると、
"知性"とは、例えば、

"問題は、何か?"

ということを深く考察することができる能力、のようなものではないかと思います。

私が、masaさんの記事を読んで思うのは、masaさんの思考の"速さ" ではなく、
masaさんの思考の"深さ" とか "高さ" です。こういった能力は、多分、学校の試験では計測できない。


あけまして、おめでとうございます。

【2010/01/01 08:36】 URL | ひろん #- [ 編集]

管理人よりコメント
 
>>ひろんさん


あけましておめでとうございます。

>学校の試験で計ることができるのは、"頭のよさ" の
>一面だけではないかと思います。

確かにそうかもしれませんね。
もっともその一方において、私の経験上、偏差値およびその結果としての学歴(より正確には学校歴と呼ぶべきでしょうが)の高さと、一般的な意味での知性の高さとはおおむねある程度の相関性があるとも感じてはいます。
学校の成績がいいということは、理解力の高さ、記憶力の良さ、また、勉強に力を入れてきたことによる効果としての学習計画の立案と実行能力、無味乾燥な教科書や参考書を使って勉強することで、イヤなことにも根気を持ってチャレンジする能力などが培われるのではないかと自分では思っています。そのいずれもが、私の持っていない能力ばかりです。私はいわゆる第二次ベビーブーム世代に当たりますが、受験生の数が極めて多く受験戦争と揶揄されたあの時代でも、大学受験に当たっては、塾や予備校の類には一切行かなかったという人間なので、よけいにそう思うのですが・・・。

また、私自身は偏差値落ちこぼれではあったものの、だからといって、偏差値教育や詰め込み教育そのものを否定する気にはなりません。偏差値という単一の指標で学力を測るというのは、非常にシンプルでわかりやすいですし、知識の詰め込みなくしては、新たな知識を生み出すこともできないと思うためです。

詰め込み教育を否定し、個性だの自分で考える力だのというような教育のやり方がうまくいくとは思えません。私のように、根本的に学習意欲の欠落していたような者にとっては、いくら学習レベルを下げてもやはり落ちこぼれるものです。

私自身は落ちこぼれであったがゆえに、教育というものを語る資格はありませんが、ふと思ったことを書いてみました。




>思考の"深さ" とか "高さ"

これはやはり、私の膨大な読書経験によるものなのだろうと思います。同じテーマについて書かれた本であっても、著者によっては主張内容が全く正反対だったりすることもよくありますが、それについて「どちらが正しいんだろう?」と考えることが思考能力や客観的に物事を見る能力を鍛える原動力になっているのだと思います。


【2010/01/04 09:47】 URL | masa #.7tOqmoU [ 編集]


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