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Author:masa
1972年生まれの某中小企業勤務の独身男性サラリーマン。貧乏人からお金持ちを目指して奮闘中。貯金は手堅く、投資はリスクを小さく、というのがモットー。
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原子力発電所のリスク認知を心理学の観点から考えてみる
東京電力による原発事故が起きて以来、一億総原発評論家状態と化している感があります。そこで、私もそれに便乗して記事を書いてみたいと思います。今回は、原子力発電所のリスク認知を巡る問題を心理学的視点から考えてみます。仁平義明編「防災の心理学」(東信堂)より引用します。



「防災の心理学」p.52より引用
-------------引用開始-------------------------------

原子力施設が自分の居住する近所に建設されるとした場合、平常時であっても多くの市民が想像し危惧するのは、やはりチェルノブイリ事故に類する大事故であろう。「安全だといくら説明されても万一事故が起こったときのことを考えると恐ろしくて安心できない。」という感覚の持ち主が大多数であるように思われる。

村上陽一郎氏は著書「安全学」(村上 1999)の中で:
『仮にわれわれの生活を支える(したがって利便性や快適性から来る必要性という意味では、自動車よりはるかに基礎的かつ根本的である)電気を生み出す施設である原子力発電所の事故で一人の死者が出た場合に、予想されるだろう社会の反応を考えてみると、われわれはどのような論理で自動車による年間一万人という死者を容認しているのか、実ははっきりしなくなる』
と指摘している。

(中略)

専門家と市民のリスク認知が大きな差異を示していることを示した研究例は多く知られている。原子力発電所のリスクを専門家はそれほど高くは評価しないが、一般の市民はきわめて高く評価する傾向があることは米国の先行研究(slovic 1987)などでもよく知られている。そしてその解釈として、自発的リスクと非自発的リスクの受容の差異、未知性と恐ろしさ要因の影響の大きさなども広く知られている。

-------引用終了-------------------------------



本文は、このあともまだまだ何ページにもわたって続きますが、今回は、この部分のみに注目して記事を書いていきたいと思います。

単純に考えると、原子力発電所が事故で一人の死者を出すことを許容しないのであれば、自動車事故で多くの死者が出るリスクも許容できないと考えるのが普通の理屈です。しかし、現実にはそうはなっていません。私の知る限り、「自動車事故で多くの死亡事故が起きているのだから、自動車の製造そのものを禁止すべきだ」ということを主張する人は誰もいません。考えてみると、これはなんとも奇妙な話です。また、リスク評価が専門家と一般市民とで大きく異なるというのも興味深い話です。
これに対する解釈として、「自発的リスクと非自発的リスクの受容の差異、未知性と恐ろしさ要因の影響の大きさ」が挙げられています。どうやら、自動車の運転のように、自発的にリスクをとっているときには、それほどのリスクを感じないようです。また、原子力事故という言葉の持つ恐ろしいイメージにより、それだけ大きくリスクを評価してしまうということなのでしょう。

あるいは、投資家的な発想で考えるならば、自動車事故リスクよりも、自動車を使うことによって得られる利益の方が大きいがために、我々は自動車事故というリスクを許容しているのかもしれません。そうであれば、合理性という観点で考えれば、滅多に事故を起こさないと考えられる(ただし、事故を起こすリスクをゼロにはできない)原子力発電所もまた、得られる利益の大きさを考えるならば、そのリスクを許容すべきだという理屈が成り立つはずです。しかし、どうやら、人間というのはそれほど単純に物事を割り切ることができないようです。ここにも何らかの心理的バイアスが働いていると考えて間違いなさそうです。

このリスク認知の話については、以下のサイトが参考になります。長文につき、一部のみ引用しますが、全文必読の内容です。


市民のリスク認知 Public risk perception

-------------引用開始-------------------------------

2 市民のリスク認知を支える情報処理過程

 1.リスク同定:リスク認知の出発点は,リスクの存在に気づくことである。市民のリスク認知は,あらかじめ知識や経験がある時は,敏感であるが,経験がない場合は,楽観的であり,鈍感である。マスメディアの報道頻度と内容の影響も大きい。

 2.リスクイメージの形成:市民はリスク事象の存在を認知したうえで,そのイメージを形成する。ここではマスメディアの影響が大きい。Slovic (1987)は2つのイメージの次元をあげている。
 第一の次元は,重大性のイメージである。リスクが制御できず,多くの人が被害に遭い,破局的な事態を導く場合は,恐怖を引き起こす。たとえば,原発事故がその典型である。
 第二の次元は,そのリスクが新しいリスクで,発生原因や被害が未知であるというイメージである。その場合は,行政への規制強化の要求が大きくなる。たとえば,バイオ技術がその典型である。

(中略)

 4.リスク評価:市民は,リスクを受け入れられるかどうかで評価する。リスクの受け入れに関わる要因にはつぎのものがある。リスクが大きな便益をもたらす場合は,受け入れられやすい(たとえば,自動車運転のリスク)。また,個人が自発的にとるリスクは受け入れられやすい(たとえば,登山者や喫煙者にとってのリスク)(Starr,1969)。一方,不安や恐怖が強い場合には,市民はそのリスクを受け入れられない。

 市民が受け入れるリスクの水準は,きわめて低いことがある。たとえば,健康や生命に関するリスクには敏感であり,事故,手術,副作用などのゼロリスクを求めることがある。

 すなわち,市民は,きわめて低い確率であっても被害が重大なリスクは,受け入れられない。被害の重大さで判断するためである。一方,専門家や行政機関は結果の期待値で判断するため,確率が低ければ,リスクが小さいものとして認知する.

-------------引用終了-------------------------------


これはなかなか面白い話です。自動車運転リスクは、現実には死亡などのリスクは極めて高いにもかかわらず、それを受け入れられるのに、事故や手術、副作用などについてはゼロリスクを求めようとする傾向にあるようです。この理屈を当てはめるなら、原発に対してもゼロリスクを求めようとするのも納得できます。

しかし現実には、いかなる物事でも同じですが、リスクをゼロにすることはまず無理です。100%の安全を確保しろとか、絶対に事故を起こすなとかいうけれど、そもそもこの世の中に、「絶対に事故やトラブルを起こさないゼロリスクで安全」というのは単なる幻想に過ぎず、実現不可能です。投資に当てはめて考えるならば、それはちょうど絶対に安全な投資先やノーリスク・ハイリターンな金融商品が存在しないのと同じことで、どんなものにも必ず一定のリスクはあるものです。様々な対策を施すことによりリスクを抑えることはできても、リスクをゼロにすることはできません。根本的な話として、我々は普段から様々なリスクにさらされて生きているのです。ただ、普段はリスクの存在を意識していないに過ぎません。

また、上記リンク先でもう一つ興味深いと思ったのは、市民と専門家のリスク認知の違いです。専門家は結果の期待値で判断するため、確率が低ければリスクが小さいと認知するとのことですが、これは一般市民の感覚とは異なります。このことが一般市民と専門家とのリスク認識のズレにつながっているということなのでしょう。

それはさておき、今回の事故によって、原発は恐ろしくて危険な施設であるという認識が、あらためて人々の心の中に完全に植え付けられてしまったのは間違いありません。しかし、そこにはある種の心理的バイアスが働いているのも確かだと思います。今回、原発関連のニュースを見ていて、海外を含め原発事故現場から遠く離れた地域にいる人々までが大騒ぎしていることにある種の違和感を感じることがあったのですが、こうした資料を読んで、その原因がようやくにしてわかった気がしました。

最後に念のために書いておくと、今回の記事は原発の是非を書いたものではありません。記事の趣旨は、リスクをゼロにはできないということと、人のリスク認知には様々なバイアスがあるということです。原発推進派は原発の安全性を過剰に評価する傾向にありますし、反対派は逆にヒステリックなまでに原発の危険性を過剰に喧伝しようとする傾向にあります。一概にどちらが正しいとは言い切れないと思います。大事なのは、心理的バイアスがあるということを知った上で、様々な意見を冷静に評価することです。


テーマ:お金の勉強 - ジャンル:株式・投資・マネー

この記事に対するコメント

・専門家の方がバイアスに陥り((コントロールバイアス、オーバーコンフィデンス)、リスク評価を間違える(被害を過小に見積もる)可能性はないのでしょうか? それこそ、この間の金融危機のように…。
【2011/04/10 07:47】 URL | hino #- [ 編集]

死者は自殺者が一番多い
交通事故は年々減り今では年一万以下、逆に自殺者は年間三万人を超え増え続けています。
投資で得している人は5%(除く国債)、損を被った人は95%。投資商品を売った人は(買ってもらえれば)ほぼ100%の利益。
東京電力管内の放射能死者はほとんどいないものの、被爆者は多数出てくるものと思われます(作業の人は意識して除去されている)
原発被害は目に見えないのでわかりにくいですが、半径50キロ以内(風向きによれば100キロ程度)は注意が必要でしょう。
ただ、200キロ離れた首都圏でミネラルウォーターを使って米をとぐのはやり過ぎだし、野菜も表を取ってよく洗えばほぼ無害なので、過剰反応するのはどうかな?とも思います・・
【2011/04/10 11:58】 URL | 預金王 #- [ 編集]

秀逸な記事です。
リスクについて、これだけ冷静に認識出来るひとは少ないと思います。
しかし、masaさんの書かれていることが正論であり、リスクを正しく評価しています。

原発なんかより、悪性腫瘍(がん)、血管障害(脳梗塞、心筋梗塞)のほうがはるかにたくさんの死亡原因になっているのに、、、
原発に反対する前に、まずはタバコとファストフードをやめるべきですね。
【2011/04/10 15:34】 URL | ss #FvLIUmYM [ 編集]

管理人より臨時コメント
>>ssさん

>原発に反対する前に、まずはタバコとファストフードをやめるべきですね。


例えるなら、要するにこういうことでしょうね。

質問「毎日、ジャンクフードばかりを大量に食べている上に、喫煙の習慣があります。大丈夫でしょうか?」

答え「直ちに健康に影響を及ぼすものではありません。しかし、長期間に及ぶと、病気を引き起こす恐れがあります。摂取制限をお勧めします」



【2011/04/10 16:00】 URL | masa #.7tOqmoU [ 編集]

>管理人さま
すこし場違いなコメントだったかもしれませんが、ご回答いただきありがとうございました。

リスクに対する認識とその管理は、投資に於いても大切なことです。
これからも、ブログをたのしみにしています。
【2011/04/10 18:49】 URL | ss #FvLIUmYM [ 編集]

リスクでいうなら、こういうことかなと
いや、違うんですよ。
なんだか、
「原発って計測されるリスクからいって期待値は小さいよねぇ、これって大衆の不合理な認知の問題!」
って言いたがる人がいますが、ぜんぜん違うと思いますね。
これはバイアスでもなんでもなくて、正しい認識の問題(人々の直観が正しい)かと思います。

金融商品に例えて言います。
これは単なる「『計測される』リスクリターン」の話ではないと考えます。
「計測されるリスクリターン」だけでいえば、たとえばサブプライムポジションだって、
みょうなノックインノックアウトのついた預金だって、「ぜんぜん安全、なんでそんなに恐れるの?」
という話になりますよね。
(時期によりますが。要は、それが行使される以前には。
サブプライムは2007年頃までの会話ではそうなったでしょう。)

自動車事故の期待値は、そこからのブレはほとんどありません。
既に観測されるデータには大数の法則が効いているので、ロングテールはなく、
今後もほぼ期待値通りのリスクにおさまります。
原発はどうでしょうか?いったん暴走すれば終わりが見えなくなる可能性が高い
ということが今回はっきりしました。
死者こそ出ていませんが、半永久にすめなくなる人が大量に出ます。
「ヒストリカルなデータを見れば安全だ!」と主張する人がいて、退避圏内も設けなければ、
実際に今後多数の死者が出ると思います。(というか、現在観測されている放射線量からいくと、
既にかなりの将来の潜在的死者を抱えたとみていいかなと。)

それにすでに莫大な金銭的損失(事業補償、農業、漁業、代替の居住土地、海外への輸出)
考えると、もはや例え直接的に死者が観測されないとしても、ぜんぜんペイしないものだということが
はっきりするのではないか、と思いますよ。

原発はリスクの期待値は小さいかもしれませんがロングテールがでかすぎるんですよ。
しかも、そのロングテールは十分な観測データがあるわけでもないので、どこまで
ロングなのかすらわからない。
あまりにもロングテールが巨大なものは、手に負えないので我々人類は手を出すべきではない、
ということだと思います。

【2011/04/13 15:17】 URL | Cloister #- [ 編集]

管理人よりコメント
>>hinoさん

>専門家の方がバイアスに陥り((コントロールバイアス、オーバーコンフィデンス)、
>リスク評価を間違える(被害を過小に見積もる)可能性はないのでしょうか?

これは大いにあり得ると思います。日本政府が当初、米国の支援申し入れを断ったのも、廃炉への決断が遅れたのも、何らかの心理的バイアスが働いた可能性がありますね。

何事においてもそうですが、まなじ専門家であるがゆえに結果的にリスク評価を間違えるというのはよくあることだと思います。専門家といえども神様ではないので、その判断が常に正しいとは限りません。



>>預金王さん

原発周辺地域が危険だというのはもちろんわかるのですが、それ以外の人たちが大騒ぎするのは少々問題だと思います。

>200キロ離れた首都圏でミネラルウォーターを使って米をとぐのはやり過ぎだし

これはいくらなんでもやり過ぎでしょうね(^^;)
ましてや日本から遠く離れた外国でも日本人差別が起きているという話がありましたが、これも過剰反応し過ぎでしょう。



>>ssさん

>すこし場違いなコメントだったかもしれませんが、
>ご回答いただきありがとうございました。

非常に的確なコメントだったと思います。

私は別に心理学の専門家でもなんでもありませんが、一時期、心理学関係の本を読みあさっていた時期がありましたし、また投資をする上で様々な心理的バイアスの話についても知識を得ているので、最近は心理学関係のネタが増えています。投資家としては、リスクというものに対して、冷静に認識することは必須ですから、こうした知識を身につけておくのも必要だと思っています。

投資においてもそうですし、原発問題でも同様ですが、人間というのはどうしてもリスクを過大評価したりあるいは逆に過小評価する傾向にあります。その意味でリスクの適正評価というのは非常に難しいのですが、できるだけ冷静かつ客観的に物事を考える癖をつける努力は必要だと思います。もっとも、いくら努力したところで人が感情というものを持っている以上はバイアスから完全に逃れることは決してできないでしょうけれど。



>>Cloisterさん

>いったん暴走すれば終わりが見えなくなる可能性が高い

これが原発特有の問題でしょうね。
事故を起こす確率は極めて低いものの、一旦事故を起こすと、確かに大変なことになりますし、風評被害も含めればダメージは凄まじいものがあります(恐らく一番大きいのが風評被害でしょう)。

今回の件に関しては、たかが一社の民間企業の引き起こした事故が日本全体の問題にまで発展しているわけで、その意味では確かに恐ろしく危険なものだと言えなくもありません。

個人的には、原発に対しては賛成でもなければ反対でもありません。私の考えは「原発の代替案がもし存在するのであれば、脱・原発を目指せばいいし、代替案がなければ事故を起こすリスクを承知の上で原発を使わざるを得ない」という極めて単純なものです。現実に電気を必要とする以上、これはどうしようもありません。


【2011/04/17 08:31】 URL | masa #.7tOqmoU [ 編集]

でんでん
リスクの過大評価、過小評価

過大、過小、
そのいずれも、そう判断する人が
リスクの量を正確に知っている必要があります。

私も、そしておそらく筆者さまも
現在もしくは今後のリスクを正確には
知らないと思っています。
そうですね?

もし、本当にリスクの量を正確に知っていて
それがとるに足らないものであると
確信しているのなら、その人にとっては
過大評価、などというややこしい言いまわしは
本来、まったく必要ないはずだと思います。

かすり傷ひとつ負わないような、
そんなリスクは、ゼロと言ったって
ぜんぜん差支えないものですよ?
と胸を張って言えないから
「過大」などというある意味曖昧な語句を
使うのだろうと思います。

なにもできない我々が
リスクを重んじる人を見て
リスクを過大評価していると思うのは、

いわゆる、認知的不協和の解消
という心の動きに見えますね。

私は、
筆者さまが、
リスクの量を正確に知らないまま
一方を、自分の望むように
自分の都合のよいように
過大評価だと
思いたがっているように見えました。

東電や政府の言うことは信じられないし
かといって反原発に全力投球する気合いがない

そういう人にとって、
ゼロリスクって言葉は、
かっこつけたまま
自分をごまかす便利なツールだなあと
思いましたね。
【2012/04/25 12:28】 URL | とん #- [ 編集]

原発のリスクヘッジについて
原発のリスクは特殊すぎてクルマと単純に比較するのは極めて問題があると言えます。

プロのリスクヘッジ=保険の適応が成されるか?という点だけで考えてみても、原発の非合理性は明らかです。 「ただし原発災害を除く」という項目が書いてある約款の多さを考えれば、保険業者はリスクを負う気がない=クルマよりもヤバイ、ということになります。あのロイズでさえ躊躇するほど補償の金額が莫大になるのですから。

そもそも原発は地震に対するリスクヘッジに関して安全バイアスが掛かりすぎて全く計算されていないのが現状です。今回も現場検証なくして「津波」に原因が誘導されておりますが、 「専門家」と言われる人たちの認識が、極めていい加減であったことは事故当時の「想定外」というセリフの連発で明らかであります。「1,000年に一回」とか大法螺吹いたどの口が言うの?という話です。

加えて再処理コストとその安全性の問題や、稼働中に常に被曝し続ける原発労働者の問題など、隠蔽され続けてきたファクターが多すぎて、公正な評価が成されているとは言えないのが現状です。責任の所在がいい加減だということも、今回の事故で明らかになりました。直接的に利益を得ているであろう人間が「誰ひとりとしてリスクを負わない」システムが原発なのです。

「エネルギーの恩恵」に関しても単価の計算がいい加減だったり、諸費用が電気料金にこっそり転嫁されていたりと、詐欺に近い不透明性がありますが、そのようなバイアスの掛かりまくった「間違えた前提」でリスクを評価するなど、無理な相談です。 

まあ、東電の「補償」に対するスタンスを見るだけでも、原発など論外と結論づけられますが、、、外野の人たちは所詮他人事なのでしょうね。
【2013/08/04 14:08】 URL | Dr.Strangelove #O5mp8qzk [ 編集]


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