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Author:masa
1972年生まれの某中小企業勤務の独身男性サラリーマン。貧乏人からお金持ちを目指して奮闘中。貯金は手堅く、投資はリスクを小さく、というのがモットー。
なお、当ブログの更新は原則として不定期です(月に数回程度の更新になると思います)。

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貯金生活。投資生活。
「節約なくして貯金なし」「貯金なくして投資なし」を座右の銘とする管理人がお金と社会について語るブログ
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投資は本質的にはギャンブルと同じであり、この両者を区別することに意味はない
当ブログでは「投資はギャンブルの一種である」と何度か書いてきました。今回はこの話について詳しく書いてみたいと思います。
投資はギャンブルと同じだというと、たいていの投資家は嫌な顔をして、ご丁寧にも投資とギャンブルの違いを説明してくれたりします。曰く、投資はギャンブルと違い、期待リターンがプラスであるとか、投資家は市場や企業に資金を提供するという重要な役割を果たしているとかなんとか。しかし、どう考えても、投資とギャンブルはその本質において大きな違いはありません。まずはギャンブルの定義について考えてみたいと思います。例えば、Wikipediaにはこうあります。


賭博(Wikipedia)
-------------引用開始-------------------------------

賭博(とばく、ギャンブル(Gamble)、博打、博奕、賭け事(かけごと))は、金銭や品物などの財物を賭けて偶然性の要素が含まれる勝負を行い、その勝負の結果によって賭けた財物のやりとりをおこなう行為の総称。

-------------引用終了-------------------------------


この項目の中にある「金銭や品物などの財物を賭けて偶然性の要素が含まれる勝負を行い、その勝負の結果によって賭けた財物のやりとりをおこなう行為」をギャンブルの定義とするならば、一般の株式投資なども立派なギャンブルであると考えるのが妥当です。投資家というのは、まさしくお金を賭けて、偶然性の要素が含まれる勝負を行っているのです。



確率のゲームを行っているという視点で捉えるならば、投資・投機・ギャンブルは皆同じです。どこにも違いはありません。



しかし、資産運用業界や投資家たちは、「投資とギャンブルは根本的に違うのだ」と主張します。その理由は簡単です。投資がギャンブルと同じでは都合が悪い人たちが、投資はギャンブルとは違うということを必死で主張したがるのです。なぜ、投資がギャンブル扱いされると都合が悪いのかというと、彼らは、「投資はギャンブルなどという低俗なものとは違う」と信じ込みたいからです。

また、投資と投機の違いとして、短期売買は投機で長期のものは投資と区分されることもありますが、ここでも大きな問題が生じます。どこまでが短期でどこからが長期なのか?その境界線は一体どこにあるのか?という問題です。もし、投資と投機が全く異なるというのであれば、どこかで明確な線引きができるはずです。しかし、言うまでもなく、短期と長期の区別は主観的なもので、投資家によってその定義は異なるでしょう。ゆえに明確な定義付けは困難です。一つはっきりといえることがあるとすれば、誰もが皆、「自分が行っているのは投機でもなければギャンブルでもなく、投資である」と思い込みたがっているということです。同様に、レバレッジを効かせた信用取引の類は投機だと言われることがありますが、これも信用取引を日常的に行っている人の目からすれば、投機やギャンブルではなく投資だという認識を持っていることでしょう。


投資・投機・ギャンブルと、呼び方は様々ですが、その目的は共通で、お金を儲けたいという点にあります。そしてその手段も同じで、お金を賭けて、偶然性の要素が含まれる確率のゲームを行っているわけです。これらの点に関する限り、投資・投機・ギャンブルに大きな違いはありません。違いがあるとすれば、各個人がそれを投資と呼ぶ、投機と呼ぶか、ギャンブルと呼ぶかということだけです。つまり、各自の主観的な判断によって呼び方が異なるだけなのです。

ただし、株式投資家の名誉のために書いておくならば、少なくとも、株式投資はパチンコや宝くじ、競馬といった一般のギャンブルよりは期待リターンが高いというのは確かなことです。ゆえに、株式投資は、あらゆるギャンブルの中で、最も有利なギャンブルであるとはいえるでしょう。

今回の話をまとめると、以下のようになります。



投資は確率のゲームであり、その点においてはギャンブルと変わらない。しかし、株式投資は、期待リターンという視点で見る限り、パチンコや競馬、宝くじの類に比べれば、はるかに有利なギャンブルであるといえる。



それからもう一点。
投資とギャンブルの区分としてよく用いられるのが、期待リターンがプラスのものが投資で、マイナスのものがギャンブルという分け方です。しかし、この区別こそが、「投資は期待リターンがプラスだから必ず儲かるはずだ」という妙な誤解を生んでいるのだとも考えられます。
無理に投資とギャンブルの違いを説明するよりも投資とギャンブルは同じだと説明する方が、よほどシンプルでわかりやすいと思います。


最後に、参考サイトとして、Wikipedia及び海外投資を楽しむ会のサイト内の記事へのリンクを貼った上で、一部を引用して今回の記事を終了します。


投機(Wikipedia)

-------------引用開始-------------------------------

一般には、「投機」と言う言葉は投資と対義語のように扱われ、否定的に語られる(たとえば債券関係の格付けで、元本が返済されないリスクが高い=金利の高いものを「投機的」レベルという)。

しかし投機は投資という行為の一形態であり、両者を分けるのは主にその言語を使う者の主観によることが多い。たとえ「投機的」なものであっても、市場(マーケット)においては流動性を高める働きや、広義のリスクヘッジの機会を提供するものである。一方で銀行による資金の供給が、ことに株券や土地を担保とした場合、時に投機資金に流用されバブルなどの市場混乱を引き起こす場合もある。

-------------引用終了-------------------------------



株式投資はギャンブルであり、それでなんの問題もない(AIC:海外投資を楽しむ会)

-------------引用開始-------------------------------

株式の売買が確率のゲームでなければ、そこに何らかの必然性が働いていることになります。しかし株価の変動が、物理学における物体の自由落下のようなある種の自然法則に支配されているならば、そもそも資本主義や株式市場が成立するはずはありません(これはいわば、国家が商品の値段や企業の価値を決める社会主義の世界です)。

一方、ギャンブルというのは、確率のゲームにお金を賭けることです。「あらかじめ結果 がわかっているギャンブル」というのは自己矛盾ですから、これまた当たり前の話です(イカサマは別 です)。

するとここから、次のようなシンプルかつ明解な三段論法が導き出されます。

株式投資は確率のゲームである。
ギャンブルとは、確率のゲームにお金を賭けることである。
株式投資はギャンブルである。

現代投資理論の最高峰であるモダンポートフォリオ理論を生み出した何人ものノーベル経済学賞受賞者たちはこぞって株価の予測不可能性を証明し、「将来の株価は確率論的にしか語ることができない」と結論づけました。こう書くとなんだか難しそうですが、要するに彼らもまた、「株はギャンブルだ」と述べているわけです。ところが、ただの一人もノーベル経済学賞受賞者を出したことのない日本には、彼らよりも頭のいい人がいっぱいいるらしく、いまだに株式投資がお金を賭けた確率のゲーム、すなわちギャンブルであることを認めようとしません。

-------------引用終了-------------------------------




テーマ:お金の勉強 - ジャンル:株式・投資・マネー

この記事に対するコメント
勝てるギャンブル
100%同意です^^
元本保証(担保)がなければ皆、失敗をする可能性が十分にある。
だからこそ生活防衛資金とか出てくるわけですよね。
通常、証券会社の人間からすれば安全資産なんか儲からない(手数料が入らない)わけだから、
必死になって投資を正当化させるわけです。

ただ、割り切ってやる分には株式投資はおもしろいし、人に比べて(対ベンチマークより)優位に立つ快感は何ともいえない中毒性があります・・
【2012/08/04 08:17】 URL | 預金王 #- [ 編集]

親の総取り ・ 完結 が無いゲーム
ギャンブル(競馬・競輪・競艇・ドッグレース・パチンコ・スロット・カジノ)は勝負に負けると親の総取りです。麻雀は4人で清算です。その都度清算して勝負が完結します。

一方「資産運用」(FX・信用取引等を除く一般的なリスク資産)は値動きそのものはまさに「賭博性」があります。しかし、自分の意思で手仕舞いすれば、完結します。ギャンブルのように「親に総取りされる」事はありません。
【2012/08/04 15:43】 URL | オーク X32 #- [ 編集]


投資がギャンブルというより、人生の選択はギャンブルそのものだと思います。
胴元にいて、自らでコントロールできる立場の人もいますが、それは少数です。
常に勝っている人は、その胴元に近い場所にいます。
【2012/08/07 13:55】 URL | Pass #- [ 編集]


確実なものなど存在しないので、見方次第ではなんでもギャンブルですよね。
【2012/08/09 21:45】 URL | ケントマン #6vm6X3Ko [ 編集]

管理人よりコメント
今回はまとめレスにて。

>ギャンブルのように「親に総取りされる」事はありません。

確かに株式投資には親の総取りということはありません。その点、株式投資に代表される資産運用は、非常に有利だといえますね。


>人生の選択はギャンブルそのものだと思います

不確実性という点においては、人生そのものも、それこそなんでもギャンブルと見なすこともできますが、その一方、各個人の実力が反映される余地が十分にある場合には、偶然性はかなり低くなるので、ギャンブルとはいえないケースも多々あると思います。この区別はやはり主観的判断になってしまうでしょうけど。


ここからは余談。

昔、読んだことのある某小説においてこんな話がありました。革命家とテロリストの違いは何か?という問いに対して、登場人物の一人がこういう意味の答えをしたのです。「成功したら革命家。失敗したらテロリスト」と。勝てば官軍というわけです。これと同様の理屈を当てはめるならば、資産形成に成功したら投資家。失敗したらギャンブラー(投機家)と見なされるという見方もできるかもしれません。何事も結果が全てということで。

他によく考えるのは、仮に信用取引イコール投機と定義するならば、持ち家を購入する際の住宅ローンという名のレバレッジをかけた信用取引はどうなるのか?ということもよく考えます。年収の何倍ものお金を借り入れるのはかなりハイリスクと考えられますが、果たしてこれは投資なのか投機なのか?考えだすときりがないのですけどね・・・。

【2012/08/12 07:05】 URL | masa #.7tOqmoU [ 編集]

管理人よりコメント
一つ書き忘れてましたが、消費と自己投資の区別も似たようなものですね。その区別は極めて主観的なもの。単なる海外旅行も、「見聞を広めるため」とみなすなら、消費ではなく自己投資に早変わり。同様にエステの類も主観的判断により自己投資に。この論法でいけばなんでもOK。


むむ。そういえば、我が家のコンポのCDプレーヤーが不調なので買い換えるのだが、これは消費なのか。いや。これは自己投資だな。いい音楽を聞くのは人生を豊かにしてくれる。そうだ。これは自己投資に違いない!本人が言うんだから間違いない!!そういうことにしておこう!!!

【2012/08/13 13:50】 URL | masa #.7tOqmoU [ 編集]


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